難病患っても「頑張っていれば、いいことがある」舛乃山が目指す“照ノ富士超え”序ノ口からの復活劇

2020年8月21日 18時49分

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復活を目指す舛乃山

復活を目指す舛乃山

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10年前、高安とともに平成生まれ初の十両昇進

 序二段降下後に史上初めて再入幕を果たした元大関照ノ富士(28)=伊勢ケ浜=が歴史的な復活優勝を果たし、幕を閉じた7月場所。照ノ富士といえば、平成生まれで初めて優勝を飾った力士(2015年夏)。同じく平成生まれ初の関取誕生としてスポットライトを浴びた、元幕内で東三段目17枚目の舛乃山(29)=千賀ノ浦=が7月場所後に電話取材に応じ、難病を患いながらも復活へかける思いを語った。
 06年名古屋場所前の新弟子検査で「たった1人の新弟子」として受検した当時と、夢見る気持ちは少しも変わっていない。
 19歳の舛乃山が20歳の高安とともに平成生まれ初の十両昇進を決めたのが10年秋場所後。12年名古屋場所では11勝で敢闘賞も受賞。前途洋々たる未来が待っているはずだった。
 だが、心臓に不安を抱えていることに加え、幕下のころから悩まされてきた腰痛、そして膝の手術…。最高位の12年九州場所の西前頭4枚目からは休場が相次ぎ、16年秋場所の番付は東序ノ口11枚目。元幕内として降下した史上最低地位だった(照ノ富士の西序二段48枚目は史上8位)。

「大腿直筋がまひしていて機能してないんです」

 追い打ちをかけるように18年には厚生労働省の指定難病「黄色靱帯(じんたい)骨化症」と診断された。「胸椎の下の方です。まわしを締める少し上。脊椎の横の靱帯が何らかの原因で骨になる病気。その骨が脊椎に刺さる。2年前は、これ以上悪くなると危ない、歩けなくなると言われました」。手術をしたが現在も「右足の大腿(だいたい)四頭筋のひとつ、大腿直筋がまひしていて機能してないんです」と打ち明ける。
 それでも「体が戻ればいくらでも力が出せると思っている」と前だけを見る。「悪いところさえ治せば、いける。頑張っていれば、いいことがあると思う。『これ以上(自己最高位の西前頭4枚目)は上にいけない』というような、限界を知らないままだったので。それに対する努力を人の何倍もして。いけるんだという気持ちでやり切りたいです」と強い気持ちで秋場所(9月13日初日、両国国技館)へ臨む。
 稽古は、十分にストレッチをしてから開始。基礎を中心に「常に体を動かす。汗をかき続けること」と決め、調子がいいときは幕下と申し合いでも取ることができようになっている。
 「そこ(幕内)までいっているので、今でもけがや病気がなければいけるとずっと思ってます。元気な若い子とも戦っていける」
 とことん自分を信じ抜き、舛乃山は照ノ富士を超える序ノ口からの復活劇を見せていく。
 ▼舛乃山大晴(ますのやま・ともはる、本名・加藤大晴) 1990(平成2)年11月1日生まれ、千葉県栄町出身の29歳。177センチ、154キロ。2006年名古屋場所で千賀ノ浦部屋から初土俵を踏み、10年九州場所で新十両。11年秋場所で新入幕し、最高位は12年九州場所の西前頭4枚目。弟の床千は千賀ノ浦部屋所属の床山。

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