「立浪が…考えられんね」無失策記録継続中だった名手のミスにぼやく中日・高木監督 遠のくばかりの巨人の背中
2025年6月4日 22時21分
中日の高木守道監督が充血した目で、G党が連勝に沸くナゴヤ球場の左翼席を見つめていたのは1994年6月11日のことだった。巨人・斎藤雅樹に対し、前回(5月6日)に続いて完封負け。2時間25分の試合の後、中日に残ったのは3連敗と巨人とは8・5というゲーム差。そして、借金1で3位転落という厳しい現実だった。
「多いね、ミスが…」と高木がつぶやく。まずは3回の攻撃。1死一、二塁で種田の打球は右中間へ。これを背走したコトーが後ろ向きで好捕。「抜ける」と判断し、二塁ベースを大きく回っていた一走の立浪和義が戻れず、併殺となった。
そして、5回の守り。それまで巨人打線を無安打に封じていたヘンリーがコトーの初安打を境にひょう変する。村田真一、投手の斎藤に連続四球を与えて1死満塁とし、自らの暴投で1点。さらに、川相昌弘の適時打で追加点を奪われると、続く松井秀喜の二ゴロを立浪がはじき、大きな3点目がスコアボードに刻まれた。
「立浪が…。考えられんね。気の焦りじゃない。基本通りにやっていれば、どうってことないんだ」。チームリーダーの攻守に渡るミスを、指揮官も信じられないといった表情で振り返った。
実は、ちょうど1年前、93年6月11日の巨人戦(ナゴヤ)から丸一年、立浪は無失策記録を継続中だったのだ。篠塚和典(巨人)が持っていた二塁手としての550連続守備機会無失策のセ・リーグ記録を塗り替えて、この試合で記録を712にまで伸ばしていた。
それが偶然にも記録が始まったのと同じ日、同じ相手、同じ球場で…。「(記録は)全く意識していませんでした。あの打球はもう一歩前に出て処理するべきだったと思います。また明日から、しっかり守ります」。立浪は悔しさをにじませながら、こう話した。
5月22日を最後に連勝がない。その間の成績は4勝9敗。ほんの2週間前には1・5ゲーム差だった巨人の背中は、遠のくばかり。さらに、この日、右足親指の再検査で「剝離骨折」が判明したパウエルも米国で診察と治療を受けるため一時帰国した。
中日が5割から陥落したことで、セ・リーグは各球団50試合前後を消化し、2位以下が全て借金という異常事態。眼下の敵に連勝し、貯金を16とした巨人の長嶋茂雄監督は「いやあ、ウチはウチのペースでやるだけですよ」。どんなに言葉を選んでも、ついついこぼれる笑みは隠せなかった。=敬称略
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