「特攻」のメカニズム(3) 帰還者の隔離棟<2> 加藤拓(読者センター)

2020年8月16日 05時00分 (8月16日 05時01分更新) 会員限定
訓練中の牧甫さんのスナップ写真=記録作家・林えいだい記念ありらん文庫資料室提供

訓練中の牧甫さんのスナップ写真=記録作家・林えいだい記念ありらん文庫資料室提供

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 特攻隊員が三階級も違う上官を殴り、その結果、不問になったことは上意下達が絶対の旧日本軍の規律を考えると、にわかに想像しがたいことだった。
 中野友次郎少尉(一九九九年没)が九三年発行の戦友会の冊子「続々航跡」(非売品)に「例の少佐参謀が入口近くに居て『おう、卑怯(ひきょう)者が帰ったか』と言った時又頭に血が昇り『卑怯者とは何だ』と言いながら私は思い切りその参謀をぶっ飛ばした」と書き記した。
 私が大学院時代に特攻の研究を始めたとき、すでに中野少尉は亡くなっていたため直接話は聞けていないが、特攻からの帰還者で当時、中野少尉とともにかつての振武寮(福岡市)にいた牧甫(はじめ)さん(二一〜二〇〇六年)から事件のことを聞いていた。
 牧さんは直前に別の帰還隊員から「参謀のいる司令部に突っ込んでくれ」と懇願されながら、その参謀が中野少尉に殴られたことで、話がうやむやになった経緯を私に話した。

とぼけて事件を否定

 多くの帰還隊員に恨みを買っていた参謀とは、振武寮で帰還隊員たちの指導係になっていた倉沢清忠少佐(一九一七〜二〇〇三年)のことだ。その倉沢参謀に戦後、この事件の真相に迫ろうとインタビューしたのが...

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