<学校の宿題>(後編) 主体性育む在り方は

2020年8月9日 05時00分 (8月11日 11時44分更新)
 今月のテーマは「学校の宿題」。前編では、宿題の歴史と現状を取り上げ、目的や存在意義について考えました。後編では専門家の意見を聞きながら、「宿題の価値を高めるには?」という問いと向き合います。宿題が好きな人も無駄と思っている人も、考えを深めてみましょう。

強制せず目的意識を 津田塾大学芸学部国際関係学科准教授 渡辺あやさん

 教育先進国といわれるフィンランドでは、日本のように宿題に重きは置かれていません。学習習慣をつけるという明確な目的のもとほぼ毎日出ますが、小中学生ともに一日十分ほどで終わる量。内容は日本と似ていて、教科書に準拠した問題集が中心です。短時間でできるので負担に感じている子は少なく、やり忘れても先生や親にとがめられる雰囲気はありません。
 日本と同じで、学校の成績が高校進学時に影響しますが、そのために宿題をするという意識はないです。長期休みは地域活動やスポーツなどを優先し、宿題は出ません。
 宿題以外に何が重視されているかというと、自分自身を正当に評価する力の育成です。授業の中で「今何ができていて何が足りないのか、何を努力すべきか」を考える自己評価の時間を大事にし、学び続ける姿勢を育んでいます。学習に自信がない子に対する補習も充実しています。少人数の特別クラスを設け、みんなが標準に達するようにしています。
 社会や文化の違いがあり、全てを取り入れることは適当ではありませんが、宿題を出すことが目的になっていないこと、子どもが強制されずにできていることは、日本にとっても参考になる点かもしれません。

理想は「個別最適化」 教育社会学者 松岡亮二さん

 学校の宿題の意味合いは、通塾の有無で異なるはずです。通っていない子にとっては学校の授業を補うという意味で必要性が高い。一方、通塾者の中には、学校の宿題は余分と思っている人もいるかもしれません。
 それでも大多数の生徒にとっては、後々受験に影響する内申点に関わってくるので提出は必須です。もし内申点が一切考慮されない学力試験だけの受験になるのであれば、宿題を不要と判断する人も出てくると思います。
 そもそも日本には、学力や学習習慣に対する宿題の効果を厳密に明らかにできるようなデータがありません。明確な根拠がないまま慣習として続けるのではなく、データを取得して効果的な宿題のあり方を模索すべきではないでしょうか。
 すべての子どもが意味のある成功体験を積み重ねることができるように、学力などによって宿題の内容を変えることが理想だとは思います。ただ、一人一人に難易度と分量を調整した宿題を出すとなると、すでに国際的に労働時間の長い教員の仕事を増やすことになってしまいます。
 教員数の増加、ICT(情報通信技術)の活用、データによる継続的な検証を行えば、宿題の個別最適化が可能になるのではないでしょうか。

記者はこう考えた

 私自身、宿題に疑問すら持たず「決まりだから」とこなしていた記憶があるが、意味が無かったとも言い切れない。ただ、前編に登場した工藤勇一さんの言葉を借りれば「子どもの自主性を奪っている」宿題のあり方は、改善の余地がありそうだ。取材を進め、学校での評価基準にも考えが及んだ。宿題をきちんと提出する子が評価されるから、提出が目的になってしまうのではないか。じゃあ、どんな基準が適切だろう? 主体性ってどうやって評価すればよいのか? 新たな問いは尽きない。(北村希)

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