不戦の誓い「戦後75年」記憶後世へ  

2020年8月8日 05時01分 (8月8日 12時20分更新)

犠牲動員学徒ら悼む・敦賀

模擬原爆の投下で亡くなった動員学徒らの名前を読み上げる住職(右)=敦賀市松島町の永建寺で


模擬原爆の投下で亡くなった動員学徒らの名前を読み上げる住職(右)=敦賀市松島町の永建寺で

戦没者の氏名が書かれた掛け軸に献花する参列者たち=あわら市中央公民館で


 太平洋戦争中、敦賀市東洋町の東洋紡績敦賀工場(現・東洋紡敦賀事業所第一事業所)に投下された爆弾で亡くなった動員学徒らを悼む法要が七日、同市松島町の永建寺で営まれ、参列者が犠牲者の冥福を祈った。
 同工場では、一九四五(昭和二十)年八月八日、米軍により通常の爆薬を詰めた「模擬原爆」が落とされた。構内にいた当時の敦賀中学校や敦賀高等女学校の生徒や従業員ら三十三人が命を落とした。
 法要には吉川徹・敦賀事業所長や遺族関係者ら八人が参列。犠牲者一人一人の名前が読み上げられ、参列者は祭壇に手を合わせた。
 兄の恋人を亡くした近くの東條実さん(91)は「平和であればこんな形で亡くなることはなかった。やはり戦争はしてはいけない」と悔やんだ。
 吉川事業所長は「爆撃から七十五年がたち、遺族も高齢化している。事業所として法要を続けていき、伝えていくことが大切だと思う」と話した。 (高野正憲)

遺族ら80人参列・冥福祈る あわら市戦没者追悼式


戦没者の氏名が書かれた掛け軸に献花する参列者たち=あわら市中央公民館で


 あわら市戦没者追悼式が七日、市中央公民館で営まれた。十五日に終戦から七十五年の節目を迎えるのを前に、遺族ら八十人が参列。不戦の誓いを胸に手を合わせ、戦争の記憶を次世代に語り継ぐ決意を新たにした。
 芦原町と金津町の合併以降、市が主催して今年で十七回目。今年は新型コロナウイルス感染防止対策のため、入り口で検温し、いすの間隔も空けるなどして実施。あわら市では、福井市のような大規模空襲はなかったが、千四百人以上が戦地で亡くなるなどした。
 会場には戦没者の氏名が書かれた掛け軸が掲げられ、佐々木康男市長は「尊い犠牲とご遺族のたゆまない努力の上に築かれた今日の平和と繁栄を二度と手放してはならない」とあいさつ。県遺族連合会の和田昭十四(あきとし)副会長(81)や山田重喜市議会議長も追悼の辞を述べた。
 市内外から集まった遺族らが白菊を献花し、父や兄弟らの冥福を祈った。市遺族連合会の冨田毅矩男(きくお)会長(77)は「終戦から七十五年。遺族の高齢化が進むが、先の大戦で学んだ幾多の教訓を胸に、英霊の顕彰に努めるのが私たちの使命だ」と語った。 (北原愛)

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