「むごさ後世に」95歳最後の仕事 弥富の大島さんが自費出版

2020年8月7日 05時00分 (9月18日 15時23分更新) 会員限定
若者に戦争体験を伝えたいと、「わたしのいくさごと」を出版した大島さん=弥富市で

若者に戦争体験を伝えたいと、「わたしのいくさごと」を出版した大島さん=弥富市で

  • 若者に戦争体験を伝えたいと、「わたしのいくさごと」を出版した大島さん=弥富市で
 弥富市の元中学校長、大島静雄さん(95)が、自身の戦争体験などを1年がかりで記録した「わたしのいくさごと」を自費出版した。米軍による艦砲射撃に遭ったエピソードなどを克明につづっている。戦後75年たち、証言者たちが減りゆく現実。「何百万人と死んだ戦争のむごさを後世に残すことが私の最後の仕事と思った」と筆を握った。 (伊勢村優樹)
 著書には戦争末期、激しさを増す本土爆撃の様子がつづられている。
 大島さんは旧市江村(弥富、愛西市の一部)出身。戦時中は愛知第一師範学校(名古屋市)に通っていたが、一九四五年六月末、二十歳のときに召集。陸軍飛行隊に入り、浜松市の飛行場に配属された。
 敵機を撃ち落とす高射機関砲隊として訓練を受けていた同年七月二十九日夜、米軍の艦砲射撃にさらされた。浜松の沖合に集結した敵艦から浴びせられた二千発の砲弾。大島さんは「航空機と違い軍艦からの攻撃は一晩中続いた」と振り返る。真っ暗な壕(ごう)に逃げ込んだが、爆発や不気味な偵察機の音におびえ、「生きた心地はしなかった」。この日の爆撃では市民ら百七十七人が死亡した。
 戦争は故郷の農村にも暗い影を落とす。
 名古屋空襲の際、田舎の...

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