<記憶>(3)養老・象鼻山の爆撃跡 のどかな地に刻む惨状

2020年8月6日 05時00分 (9月18日 15時25分更新) 会員限定
「B29爆弾投下地点」の標柱が立つ穴=養老町橋爪で

「B29爆弾投下地点」の標柱が立つ穴=養老町橋爪で

  • 「B29爆弾投下地点」の標柱が立つ穴=養老町橋爪で
 養老町の南宮山の東南端に位置する象鼻山(ぞうびさん)(一四二メートル)。山頂付近にある「象鼻山古墳群」(弥生時代末期−古墳時代前期)には、墳墓の一部を破壊するように、すり鉢状の穴ができている。近くには「B29爆弾投下地点」と書かれた標柱。七十五年前の空襲で、爆弾が落とされた場所だ。
 太平洋戦争末期の一九四五(昭和二十)年六月二十六日午前のこと。二週間遅れの田植えの真っ最中、北東へと向かう米爆撃機B29の編隊の一機が爆弾を投下した。
 象鼻山の麓、養老町橋爪に暮らす山田清さん(91)は、当時十六歳。大垣市の安八農学校(現・大垣養老高校)の生徒だった。空襲の知らせを受け、学校から急いで自転車で戻り、集落が無事だったことを確認して安心したことを覚えている。田植え中の父親らは、土手やあぜに伏せていたと聞いた。
 数日後、学校での勤労奉仕の休みに象鼻山に登った。すると、直径十メートル、深さ三メートルほどの穴ができていた。周囲の木々はなぎ倒され、爆弾の破片が刺さっていた。「山頂にあった記念碑が高射砲に間違われたのでは」などと言われた。
 戦後、象鼻山に登るたび、「こんなのどかな所に爆弾を落としたのか。...

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