イカ漁や江戸期海上交易との関わり発掘 小木石の歴史一冊に 里海教育研究所など 「地域深く知って」

2020年6月19日 05時00分 (6月19日 05時03分更新)
小木石の歴史をまとめたガイドブックを手にする上見純二館長(左)と浦田慎さん(右)ら

小木石の歴史をまとめたガイドブックを手にする上見純二館長(左)と浦田慎さん(右)ら

  • 小木石の歴史をまとめたガイドブックを手にする上見純二館長(左)と浦田慎さん(右)ら
  • 現在も住宅の基礎などとして地域に残る小木石=いずれも能登町小木で(浦田慎さん提供)

 能登町小木地区周辺でかつて建材向けに盛んに採掘された「小木石(おぎいし)」の歴史をまとめたガイドブックを、同町小木の能登里海教育研究所と小木公民館が合同で完成させた。研究所の浦田慎主幹研究員(45)は「小木石は江戸時代の海上交易や、今日も小木港で盛んなイカ漁の歴史とも密接に関わる。地域のことを深く知る学びの素材にしてほしい」と話している。(加藤豊大)
 小木石は、比較的軽くて切り出しやすいのが特徴の凝灰岩で、古くから建物の基礎や石垣、トンネルなどに使われた。小木港に近い石山や海岸から切り出され、江戸時代には北前船で県内のほか富山県や新潟県、遠くは北海道まで運ばれたとされる。
 火に強く断熱性もあることから、かまどやいろりのほか、防火壁としても使用。伝統的な建物が残る富山県高岡市の山町筋(やまちょうすじ)(国の重要伝統的建造物群保存地区)が一九〇〇(明治三十三)年に大火に見舞われた際の復興時にも、防火壁として使われた。浦田研究員は「当時高岡が海上交易を通じて、奥能登と密接につながっていたことが分かる」と説明する。
 日本有数のイカの町として知られる小木港のイカ漁の発祥とも密接に関係。浦田さんは「明治期の暑くて石の切り出しに適さない夏季に、石工が北海道までイカ漁の出稼ぎに行ったことが、現在まで続く小木イカ漁のルーツと考えられる」と説明し、冊子には当時の証言などを記した史料をまとめた。
 大正時代に採掘の最盛期を迎え、小木にも最大二百人あまりの石工がいたが、戦後にコンクリートが普及したことで徐々に下火に。七〇年に切り出されたのを最後に、採掘が終了した。
 住民らの記憶を記録として残そうと、公民館が中心となって地域の高齢者らに聞き取り調査。「石工だった父は毎朝七時半に石切り場に行き、日が暮れるまで仕事をしていた」といった約二十人の声を集め、冊子に収録した。
 上見純二館長(72)は「地元でも若い人たちが知らない地域の歴史をまとめることができた。町外からの観光客が小木を探索して地域を知ってもらうきっかけにもなれば」と話した。
 ガイドブックは、一般販売用の「能登の小木石〜里海に育まれた歴史と文化〜」(能登里海教育研究所発行)と、地元配布用の「小木石〜小木の歴史をひもとく〜」(小木公民館発行)の、同内容の二種類を作製。販売用は千部発行し、二十日にオープンする同町越坂の「イカの駅つくモール」で、税込み九百九十円で販売する。

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