本文へ移動

熱海土石流で愛妻失い苦悩1年 夫「残りの人生」前向きに

2022年7月3日 05時05分 (7月3日 05時08分更新)
田中公一さん(写真内の中央右)が妻路子さんと旅行先で撮った写真=熱海市で

田中公一さん(写真内の中央右)が妻路子さんと旅行先で撮った写真=熱海市で

 発生から一年になる熱海市伊豆山の土石流で最愛の妻=当時(70)=を失った造園業の田中公一さん(72)は、三十五年ともに歩んだ妻の面影を身近に感じながら日々を過ごしている。あの惨事は決して忘れられず、むなしさが消えることはない。それでも残された家族のため前を向いて進もうと、自らの心に言い聞かせる日々だ。(足達優人)
 「どうして、何で、うちだったんだろうって。ずっと足踏みしている」。田中さんにはこの一年間、やり場のない気持ちがつきまとった。昨年秋から市営住宅で暮らし、室内には新調した家具の香りが漂う。居間のドア近くの棚には、妻路子(みちこ)さんと肩を寄せ合い、はにかむツーショット写真が飾られている。
 あの日、二人で自宅にいると、近所の知り合いから「上の方が大変なことになっている」と連絡があり、田中さんは様子を見に出掛けた。土砂で道路が埋まっていたため引き返すと、自宅は隣の家がぶつかって傾き、寝室にしていた別棟が土砂やがれきで埋まっていた。自宅に入り、居間に置きっ放しにしていた携帯電話には路子さんから複数回の不在着信。手に取って折り返しても、名前を呼んでも返事はなく、危険を感じ逃げるしかなかった。
 一週間前まで、息子の妻が生まれたばかりの孫を連れて滞在していた。「(土石流が)もうちょっと早く来ていたら、全員ダメだった。あいつが全部、背負ってくれたのかも」と田中さんは力なく笑う。発生五日後に別棟から見つかり、安置所で再会した路子さんは、安らかに眠っているようだった。
 市営住宅では一人暮らし。料理に掃除、洗濯と慣れない家事をこなすようになり、災害が起きた翌八月には仕事も再開した。近くに住む義理の姉(92)の買い物を手伝ったり、趣味のゴルフを楽しんだりと、新たな生活に慣れていくかと思っていたが、違った。
 「いつもは妻が世間話なんかを話しかけてきてくれて、僕はうんうんって聞いてね」。今は、たいてい食事は一人。十畳ほどの居間には、冷蔵庫で氷ができた「ガコッ」という音や、テレビの音だけが響く。
 気持ちが沈んだとき、思い浮かぶのは二人の子どもと四人の孫。今月二十一日には七十三歳になる。「残された人生は長くない。皆と貴重な時間を使いたい」。被災を免れた作業小屋を解体して一軒家を新築する予定だ。「今の部屋じゃ、息子と娘の家族が寝る場所がなくて」と笑顔ものぞかせた。
 この間、遺族らでつくる被害者の会が、土石流の原因となった盛り土の土地の前・現所有者らの責任を追及して提訴。田中さんは「膨大な時間がかかってしまう」と参加を見送ったが、災害を風化させまいとの気持ちは強い。進んでメディアの取材を受け、こう伝え続けている。
 「同じことが起きないよう、語り続けたい。私たちのような思いを抱く人が、二度と出ないように」

関連キーワード

おすすめ情報