本文へ移動

武田氏を介し松代に忍術 秘伝書に伝承の記録、兵庫の研究所所蔵

2022年6月14日 05時05分 (6月14日 07時58分更新)
「竊奸秘伝書」には、甲斐武田氏の家臣高坂(香坂)弾正から始まり、上段右から5人目に真田氏が治めた松代藩の家老原正盛が記されている。忍術が武田氏を介して長野に伝わったことがうかがえる=黒川古文化研究所提供

「竊奸秘伝書」には、甲斐武田氏の家臣高坂(香坂)弾正から始まり、上段右から5人目に真田氏が治めた松代藩の家老原正盛が記されている。忍術が武田氏を介して長野に伝わったことがうかがえる=黒川古文化研究所提供

  • 「竊奸秘伝書」には、甲斐武田氏の家臣高坂(香坂)弾正から始まり、上段右から5人目に真田氏が治めた松代藩の家老原正盛が記されている。忍術が武田氏を介して長野に伝わったことがうかがえる=黒川古文化研究所提供
  • 山田雄司教授
 「忍者の里」として知られる伊賀(三重県)や甲賀(滋賀県)の忍術が甲斐(山梨県)武田氏を介して松代(長野市)真田氏に伝わったとされる記録が、戦国時代の忍術書「竊奸(しのび)秘伝書」に記載されていたことが三重大の山田雄司教授(55)の調査で判明した。山田教授によると、忍術が長野にどう伝わったかが解読できる記録が確認されるのは初めて。
 山田教授によると、戦国時代から江戸時代にかけて各地で活躍していた忍者の多くは武士に仕え、城内の警護や敵地のスパイ活動などに当たっていたとされる。だが、忍者や忍術の資料が残る伊賀や甲賀を除いた地域で関連する文献はほとんど見つからず、研究も進んでいなかった。
 「竊奸秘伝書」は伊賀、甲賀の忍術をまとめており、兵庫県西宮市の黒川古文化研究所が所蔵。研究員が昨年、忍者研究の第一人者の山田教授に「忍術に関する資料がある」と情報を提供した。書に記載されている人物は甲斐武田氏の家臣高坂(香坂)弾正に始まり、真田氏が治めた松代藩の家老原正盛ら複数の真田氏の家臣が確認された。忍術がどう伝わったかを記録した「伝系」とみられる。
 秘伝書にはこのほか、忍者の携帯食「兵糧丸(ひょうろうがん)」に信州名産のそば粉を混ぜ込む手法や、松代藩の関係者が試したとされる馬のふんを用いて血を落とす方法なども記されていた。
 山田教授は長野で独自に編み出された忍術が後年、加筆されたとみられるとし「伊賀や甲賀以外の地域で独自に忍術を発展させていたことが読み取れる。各地で活躍した忍者の研究で大きな足掛かりになる」と話した。今回の調査内容は八月に刊行される国際忍者学会の雑誌で報告する。
 (小山豪)

 竊奸秘伝書 甲斐武田氏の家臣が伊賀や甲賀で培われた忍術をまとめた忍術書。後年、真田氏の家臣に渡ったとされる。縦約24センチ、横約17センチ。約40ページで構成する。これまでに発見された忍術書に記載されていない忍術も多く含まれ、信州で加筆されたとみられる忍術も確認できる。忍術が伝わった経路や忍者の心構えなども記されている。
 黒川古文化研究所 中国や日本の美術、考古資料など計2万点を収蔵。その多くは、大阪の両替商から身を起こして証券業を営んだ初代黒川幸七(1843〜1900)、2代幸七(1871〜1938)が明治から昭和初期にかけて収集した。3代幸七(1893〜1961)と妻イクが収蔵品などを寄付し、1950年に財団法人を設立、2011年に公益財団法人に認定された。


関連キーワード

おすすめ情報

長野の新着

記事一覧