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三ケ日みかん 革新の軌跡

ブランド戦略<下> 「出荷断念」で信用高まる

木村啓次さん

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 早生ミカンのシーズンを前にした九月下旬のことだ。

 「まずい…」

 収穫前の園地を巡回していた静岡県柑橘(かんきつ)農業協同組合連合会(静柑連、のちに県経済連と合併)浜松支所の木村啓次(67)=袋井市岡崎=は、定点観測しているミカンを一房口にした途端、思わず顔をしかめた。

 オレンジの輸入自由化が目前に迫った一九八八(昭和六十三)年。この年、県西部地方は春以来の低温続きに長雨が重なり、農作物の生育に深刻な影響が出ていた。良質ミカンには夏場の日照と土壌の乾燥が欠かせない。

 「どの園地も糖度の乗りが極端に悪かった。予想はしていたが、今年はいつになく厳しい」(木村)

 この異常気象が、三ケ日町柑橘出荷組合にのるかそるかの決断を迫ることになる。産地間競争の切り札として組合が世に出してわずか四年目の「ミカエース」(完熟特選早生)が、十分な質と量を確保できる見通しが立たなくなったからだ。

 前年まで副組合長としてミカエースの商品化にもかかわった井口梅雄(84)=三ケ日町釣=には、第七代組合長に就いた直後の試練だった。

自宅前のミカン畑で、ミカエース出荷中止の経緯を振り返る井口梅雄さん=浜松市北区三ケ日町釣で

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 「三ケ日産地が鳴り物入りで始めたものを『不作で出荷できん』じゃ信用台無しだと市場は厳しく催促する。逆に、無理に出荷すればこれまでのミカエースの評判が台無しになる。年内相場を引っ張る銘柄がほかにない中で正直、迷いに迷った」

 皮肉なことに、異常気象は静岡県など東日本の太平洋岸中心で、影響の少ない西南暖地ではライバル愛媛の南柑や和歌山の極(ごく)早生ミカンが万全の出荷体制を整えていた。三ケ日が出荷中止となれば細江など浜名湖岸の周辺産地もダメージは免れない。「基準を下げてでも何とか」「いや、品質を最優先で」。組合の代表委員会でも連日、賛否が飛び交った。

 「『ないものはない』と正直に言うしかない。生産者が誠意を尽くせば市場も消費者も分かってくれる。それが大方の組合員の意見だったし、私もそう主張した一人です」。経済連を退職後も、今年六月まで出荷組合の相談役として長くミカン販売を支えてきた木村が振り返る。

 最後は井口の判断だった。「出荷断念」が決まり、正副組合長と農協幹部が威儀を正し東京、名古屋の各市場へ謝罪に回ったのは冬が近いころだった。

 市場の反応は早く、意外なものだった。出荷組合の誠実さ、謙虚さが評価され、出荷中止が逆に産地の信用を高め、消費者第一という姿勢をアピールする結果となった。当時の中日新聞には、組合の英断を報じる記事に「さすが三ケ日みかん ブランドに誇り」「信用重視に称賛」の大見出しが躍っている。

 「消費者に三ケ日みかんが嫌われてしまっては元も子もないし、取り返しがつかない。最後はその一点の判断だった」(井口)

 けがの功名と言うべきか。リーダーの決断がピンチをチャンスに変えたエピソードとして、三ケ日みかんのブランド化の歴史の中で語り継がれている。

=敬称略

(編集委員・八木義弘)

 

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