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三ケ日みかん 革新の軌跡

農協倒産<上> 貯金支払い停止 騒然

貯金払い出しを停止、事実上倒産した旧三ケ日町農協(同農協再建の足跡を描いた著書「赤い鉄のごとく」から、再建後撮影)

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 JAみっかびの元参事中川晋(88)=浜松市北区三ケ日町福長=には、あの日の記憶が今も脳裏に鮮明に残る。

 一九五一(昭和二十六)年五月二十一日。古い病院跡の旧三ケ日町農協に出勤してきた中川には、その日が給料日という以外には、いつもと変わらない朝だった。だが、ほどなく全職員が一カ所に集められた。いぶかる職員に県の行政検査主事が告げた。

 「本日正午の時報をもって、全貯金の支払いと窓口業務を停止する」

 前年九月の県行政庁による抜き打ち検査で組合会計に多額の欠損が発覚。改善命令が出されたものの、打開の糸口を見いだせないまま日が過ぎていた。一般職員や組合員にとっては寝耳に水の事実上の倒産の通告だった。

 四七年の農協法施行で、国の統制機関と化していた戦前からの農業会が解散し、農家のための農業協同組合に生まれ変わった。しかし、農産物や資材に対する統制が次々と撤廃され、自由経済のもとで事業の柱を失った農協経営はどこも不振を極め、赤字組合が続出していた。 

 農業会時代から六年。庶務や経理を担当していた中川には心当たりがあった。「無駄な購買の支払いやミカンなどの未収金は増える一方。統制時代の慣行にあぐらをかいた放漫経営そのもので、仕事もないのに職員の数が膨れ上がり、規律は乱れ、教育などは一切なかった」。改善命令が出されてから、町の一部には「農協が危ない」とのうわさが流れ、貯金の三割近くが引き出されてしまっていた。

 これからどうなるのか−。不安と重苦しい空気に包まれた職場に、正午のサイレンが鳴り響いた。それを合図に緊急役員会が招集され、各地区の組合総代に事態を伝えるため全職員が町内へ散った。急傾斜のミカン畑を縫うように続く農道を、中川も汗ばみながら自転車のペダルをこいだ。

 その日の朝に支給された給与を預けた職員もいた。中川も隣り合わせの役場の職員らも同じだった。「組合長を出せ!」。男たちがカウンターをたたいて怒鳴り、灰皿を投げ付ける。「おらぁの虎の子を返してくれ」。その場に泣き崩れるお年寄り。押し寄せる住民で窓口は騒然となった。

 高橋一馬(85)=同町三ケ日=は、渦中の金融の窓口にいた。中川より三つ年下の新米職員。新制三ケ日高校の一期生で、夢と希望を胸に社会へ出た直後の倒産だった。

 「その日から先輩たちが次々と職場を去っていった。自分も当然辞めるつもりでいたら、中川さんと二人、常務に呼ばれ『君らは農協に残って再建を手伝ってほしい』と説得された。ワンマンな組合長とは対照的な温厚実直な方で、『この人が言うなら』と頑張ることに決めた」

 検査の結果、欠損金は千百二十七万二千円。貯金残高約二千四百万円のほぼ半分にのぼり、三ケ日町農協は県内で最も多額の損失組合となった。

=敬称略

(編集委員・八木義弘)

 

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