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静岡経済 ヒットの系譜

池島フーズ 茶そば

◆和風彩る風味を追求

茶そばの魅力を紹介する池島フーズの池島義幸会長=同社掛川工場で

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 色鮮やかな緑色の麺。すすると抹茶の風味が口の中に広がる。旅館やホテル、料亭などの料理に彩りと香りを添える「茶そば」。池島フーズ(浜松市浜北区)は、業務用でシェア(市場占有率)五割以上を占める。国内有数のお茶どころ、静岡県産の抹茶を使った茶そばのトップメーカーになるまでには、二度の大きな失敗の経験があった。

 同社は一八七七(明治十)年に米問屋として創業した。麺類を手掛けるようになったのは一九四八(昭和二十三)年。そうめんや冷や麦の製造販売を始めた。創業家の四代目となる池島義幸会長(78)は五六年、二十歳の時に社長に就任した。

 六一年には、全国的にブームとなった即席ラーメンの製造を始めた。「当時は作れば作るだけ売れた」と池島会長。旺盛な需要を受けて六五年に設備投資をし、生産能力を約五倍に拡大したが、そこで一度目の失敗を味わった。

 「国内に二千社あった同業者がみんな増産し、一気に過剰生産になった。設備が稼働して三カ月で、価格が四割も下がり、全く採算が合わなくなった」。設備導入から三カ月で、当時売り上げの八割を占めていた即席ラーメンから撤退を決断した。

 翌年から手掛けたのがゆで麺。しかし、これも十年ほどして競合他社との価格競争に巻き込まれた。静岡はうどんの産地としてブランド力がなく、品質の良いものを作っても、価格を維持できなかった。その反省から目を付けたのが、静岡というブランド力が生かせる茶そばだった。

 「川の右岸で価格競争という熾烈(しれつ)な争いをしていたが、目を左岸に向けると、競争相手のいない茶そばがあった」と池島会長は語る。茶そばのメーカーは数社しかなく、市場規模は小さいものの、顧客となる料亭やホテルの調理師は価格より品質を重視してくれた。

 七〇年代後半から茶そばに事業の軸足を移した。会長自ら全国各地に赴き、調理師から要望を聞いて製品に反映。県産の抹茶を使ったこだわりの商品作りでトップシェアを獲得した。

 九四年、周囲に茶畑が広がる掛川市に主力の工場を建設。通常は五時間ほどで熱風乾燥させるところ、丸二日かけて自然乾燥させ、抹茶の風味が逃げないようにしている。工場内には成分の分析器やマイクロスコープなど大手メーカー並みの検査機器も設置。毎日、サンプル検査をして品質がぶれないようにしている。

 全国の調理師たちとは年間百五十回ほど会合を持ち、感想や意見を直接聞いて製品の改良につなげている。池島会長は「麺はパンと並んで古い歴史を持つ加工食品であり、それだけ尽きない需要がある。常に技術革新を続け、プロの調理師に喜ばれる製品作りを進めたい」と話す。

(矢野修平、写真も)

 

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