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西遠女子学園100周年 忘るるなかれ若き日を

校史(3) 西遠高等女学校の移転

1922(大正11)年に創立した庭球部。さまざまな大会で優秀な成績を残した。写真は26(大正15)年の遠州大会優勝の時

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運動部など活動盛んに

 一九二三(大正十二)年十月。秋のやわらかな日差しの中、大勢の白線入りのはかま姿の女学生たちがきゃっきゃとはしゃぎながら歩く。平田町から駅前へ抜け、東海道を通って木戸、相生、天神町へ。手には大きな机やいす。時々休憩をしながら、田んぼの中を進む。青々と生い茂る森を背景に淡いブルーの新校舎が見えると、女学生たちは笑顔の花を咲かせたことだろう。

 年々入学希望者が増え、生徒数が三百人にもなった西遠高等女学校。平田町の校舎が狭くなってきたため、佐藤町と蒲村にまたがる蒲神明宮の一部に校舎を新築、移転することになった。引っ越しに際しては、女生徒らが学校備品類の運搬に奮闘したと校史にある。

 移転を機に、西遠高女の制服も一新。夏は白の上着に水あさぎ色のスカート、冬は紺色のワンピースに校章「SHG」の赤いマークが入ったバックルのベルト、フェルトの制帽。これまでの「和服にゲタ」というスタイルから、大正風のモダンな女学生姿になった。

 新校舎の校庭は広く、運動部などの活動が活発に。これまであった庭球部に加え、二五年に園芸、養兎、養鶏部、二六年にバレーボール、バスケット、弓術、ラヂオ部ができ、全国レベルで活躍する選手も出た。

 文化活動でも二四年、西遠高女と浜松淑徳女学校の同窓会が作られたのを記念して、同窓会誌が創刊された。蒲神明宮の森の名前にちなんで「袖師賀母里(そでしがもり)」と命名。校長岡本巌の寄稿文や教諭の論説のほか、卒業生や在校生の作文、短歌、詩、俳句から日記、修学旅行記、運動部の記録などが掲載。西遠高女、淑徳両校の活動の様子を、今日にも生き生きと伝えている。

私と西遠 三年(中三)雪組 林 桃子さん

 私は中学バレー部に所属しています。部員が八人しかいませんが、日々の練習により技術の向上はもちろん、仲間とのきずなも深まっています。ミスは注意し合い、苦しい時は助け合い、うれしい時はともに笑う。そんな仲間が八人もいてとても心強いです。

 昨年からは高校バレー部もでき活気づいています。中学三年にとって最後の大会に向け、より一層頑張っていきます。(文中敬称略)

 

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