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西遠女子学園100周年 忘るるなかれ若き日を

校史(2) 浜松実科高等女学校から西遠高等女学校、淑徳女学校へ

徹底した裁縫の教育。学校の伝統として受け継がれていた

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『普通科』と『実技』分立

 一九一一(明治四十四)年、高等女学校令が改正されたのを機会に、技芸学校は「浜松実科高等女学校」へ。校長に就任した巌は「実技を重視する伝統は残しながら、普通教科の内容を充実させ、新しい時代にあった学校にしよう」と、授業内容を大きく変えた。英語、地理、歴史、理科などの科目が加わり、図画や体操の時間もできた。

 授業以外にも、合唱の大会、図画や習字の作品展、遠足なども行われるように。上級生は、鉱物、植物を採集して自然に親しみつつ地理などを学ぶ機会として、箱根修学旅行にも出かけた。学校内で野菜を栽培したり、鶏やミツバチを飼ったりする“実業”もあった。

 ◇ ◇

第一次世界大戦(一九一四−一八年)が終わり、大正デモクラシーの幕開けとともに国民の文化や教育における意識が変化。女子教育においても「より視野の広い、社会性のある女性」が求められるようになった。

 巌は、創立から家庭的で実践的な面に指導の主体を置いてきた学校を、いよいよ普通教科を中心にした「本科」の高等女学校へ切り替えるべき時がきたと判断。一方で、練度の高い裁縫教育への要望も強く、これまで十数年もの同校の実績も残していこうと、「選科」を独立させて学校をつくることを決めた。

 二〇(大正九)年二月、普通科に主体を置く「西遠高等女学校」が開校。同四月、これまでの伝統を受け継ぎ、裁縫の実技指導に重点を置く「浜松淑徳女学校」が開校した。

私と西遠 六年(高三)菊組 佐合香名子さん

 西遠入学と同時に陸上競技部に入り、母の恩師でもある高田先生のご指導の下、砲丸投げを始め、中三で全国大会、昨年はインターハイに出場できました。

 目標に向かっての練習は厳しくつらいけれど、達成できた時は誰も味わえない喜びと自信を得ます。今は高校最後の目標に向かって頑張っています。目指せ! インターハイ!(文中敬称略)

 

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