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三ケ日高校80周年 みかんの里を育てて

学校の歩み 戦時下も好きな絵志す

三ケ日実業学校時代に使われ当時の姿をとどめる牛舎=三ケ日町で

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 乙種三ケ日実業学校は農業科と商業科があり、一九四〇年、三ケ日実科高等女学校廃止に伴い学校に女学部が生まれ男女共学となった。生徒らの「勉学にまい進」との気持ちとは裏腹に日本は戦争という暗黒時代へ。学校も生徒もいやが応でも戦争に巻き込まれていった。

 同年、実業学校に入学した鈴木輝美(74)=三ケ日町三ケ日=も戦争の最中に学生生活を送った一人。「農業中心で勉強どころではなかった。校舎前に田畑を開墾し、サツマ芋づくりに明け暮れた」と振り返る。

 戦争中だったが学校の昇格を望む同町と入出、知波田、新所村(以上湖西市)が四三年、組合立で大学進学可能な甲種三ケ日実業学校として再スタートさせた。絵が好きで大学進学希望の鈴木は迷わず入学。戦局の方は厳しさを増してきた。

 鈴木も四四年、横須賀海兵団へ入団した。担任の伊藤半左衛門(故人)に「志願してまで戦争に行くことはない」と言われた。戦争優先の時代に生徒のことを第一に考えてくれた恩師がいたことを、今も忘れない。

 鈴木は終戦八月に古里へ戻り卒業資格を学校へ申請したが断られ、四五年九月に再入学。四六年三月卒業し静大教育学部へ。教員となり八八年、西小校長を最後に退職した。退職後母校で美術の非常勤講師を務め、今は同町絵画教室などの講師として絵筆を握る。

(文中敬称略)

 

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