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三ケ日高校80周年 みかんの里を育てて

学校の歩み 地域のために働く人に

校舎前の築山に設けられた「自彊不息」の校訓碑=三ケ日町の三ケ日高で

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 三ケ日町に誕生した町立三ケ日自彊(じきょう)学校。設立に奔走した当時の町長石川沢太郎(故人)が目指したのは高等小学校以上の“教育の場”。その教えは「将来、役人より地域のために働く人となれ」だった。

 十回生(一九三一年度卒)前原緑郎(87)=三ケ日町三ケ日=は「自彊学校の教えは校訓『自彊不息』そのものだった」と当時を振り返る。自彊学校開校以前は、交通不便で中学校もないことから、多くの若者が進学をあきらめざるを得なかった。

 地元に待望の学校ができ、一回生は四人だったが入学生徒は年々増え、前原が入学した時は五十人。授業は数学、英語などのほか修身、実習など。「実習でサツマ芋や米を作った。畑を開きテニスコートを造り、野球もやった楽しい時代」と懐かしむ。

 当時授業料は一円五十銭。農村不況にあってかなり高額で、中途退学の生徒も多く、前原の卒業時の同級生は十九人だった。卒業後は役場勤めを経て町議四期を務めた。九三年に勲六等単光旭日章を受けた。今も同級生の藤原謙次=同町津々崎=、石田市次=湖西市神座=と親交を重ねる。

 開校以来十五年続いた自彊学校は一九三七年四月、乙種実業学校「三ケ日実業学校」へと転身。十六回生三百五十四人の自彊卒業生が築いた歴史を礎に、実業高として新たな歴史をつくり出すことになる。

(文中敬称略)

 

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