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興誠高校(現浜松学院高校)70周年 誠の精神

第3部 人脈編 本物への追求 物と心とを一緒に提供

「心も車も本物だけを提供したい」と語る上嶋照巳さん=浜松市和田町の浜松ヤナセ本社で

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 自動車街と呼ばれる浜松市東部の国道152号沿いに、一九六三(昭和三十八)年に店を構えた輸入車販売の浜松ヤナセ(元・浜松モーターズ)。社長の上嶋照巳(67)=高7卒、浜松市萩丘=は六四年に入社し、経理や営業畑を経験した後、八九年社長に就任した。

 「入社したころの浜松は“ポンポンの街”として有名だったので、輸入外国車の販売会社に就職したと友人に話したら『大丈夫か』『つぶれるぞ』と心配されました。何に対しても本物だけを追求してきたおかげで、皆に愛される会社に成長しました」と目を細める。

 高校時代は珠算部。前興誠学園理事長の和田清(82)=興7卒=の指導で腕はめきめきと上達した。卒業後は一時期、繊維関係の会社に勤めたが、そろばんの腕を買われ、経理担当として同モーターズに移った。

 「入社時は社員六、七人。おのずと経理をしながら営業もした。四〇年代後半の高度成長期にはカブトムシのワーゲンが飛ぶような人気で、一年で七百台も売れました。私自身、一家庭に四台も売ったことがあります。エンジンや内装すべてが妥協を許さない本物の自動車でした」と懐かしむ。

 社長に就任してからは、あいさつなどの社員教育と同時に会社も家庭的雰囲気にした。「社会が物の豊かさから、心の豊かさに転換する時代を迎えようとしていた。幸い当社の取り扱い商品は世界の逸品ばかり。物と心とを一体で提供することができるようになった」と語る。

 同社総務課の高橋幸雄(54)=高20卒、浜北市貴布祢=は「社長は若い社員の間にも積極的に入り、会話をしている。その結果、会社が家族的な雰囲気となり、お客さんにもその“和み”が伝わっているようだ」と話す。

 数年前からは社会貢献の一環として、外車ショーのイベントなどに障害者を招待。気兼ねなく高級外車の運転席や助手席に座ってもらっている。「今後も人と人、物と人の触れ合いを大切にしたい。そのためには心も商品も本物だけを提供していきたい」と上嶋は穏やかな笑顔をみせる。

興誠を語る 1年 松野 和喜さん

 昨年夏、静岡市で開かれた「科学の祭典」に興誠高校科学部として参加しました。一日中立ちっぱなしでとても疲れたが、たくさんの小中学生が訪れてくれました。多くの人に喜んでもらえ、とても楽しくやりがいのある一日でした。いい経験ができました。

(卒業生の氏名に続く(興)は興誠商業学校、(高)は興誠高校(数字は卒業回数)、文中敬称略)

 

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