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興誠高校(現浜松学院高校)70周年 誠の精神

第3部 人脈編 名工 技育てた人の信用と和

需要があるかぎり染色を続けたいと語る橋本英夫さん=浜松市佐藤1丁目の橋本絣染工場で

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 浜松市佐藤一丁目の橋本絣染(かすりぞめ)工場代表・橋本英夫(71)=高3卒=は、糸を一定間隔で染め、絣の織り柄を出す「なせん」といわれる染色加工技能士。白い糸にムラなく染める三色絣は、機械染めとはいえ手工芸にも似た風合いを醸し出し、その技術を持つ人は日本で数少ない。

 一九九〇年には、特殊な絞り技術による「縛り絣」をはじめ、わずか一ミリ間隔の極小絣染め、合成繊維の絣染め技法などを開発した功績に対し、浜松市が優秀技能者として表彰、同市の「名工」の一人となった。

 橋本は「染色工場もかつては市内に五十近くあったが、今では数えるほど。ここまでやってこれたのは、人と人との信用と和があるから。技術の開発はそのために必要不可欠だった」と語る。

 高校時代から、学校から帰ると父親の染色工場を手伝い、従業員が休むと自ら学校を休んで仕事を手伝った。「おやじの背中を見て育ったので、高校卒業後は家業を継ぐ形でごく自然に染色の道に入った」と振り返る。

 当時の染色業界は綿一辺倒だったが、時代とともに糸はウール、絹、合繊と変化した。橋本のところにも、それらの糸が持ち込まれたが「できない」とは決して口にしなかった。「橋本絣染を頼ってわざわざ足を運んでくれたお客さんに迷惑を掛けられない」という。

 人の和を大切にするところは「昔から」と、同級生の浜松市海老塚の林伸(71)。「卒業後、橋本と一緒に同級生でお互いが力になり助け合おうと七人でセブングループという名前の親ぼく会をつくった。普通なら一、二年で消滅してしまうが、そのグループは卒業後五十三年たった今でも月に一回の会合を開いている。橋本の人と人のつながりを大事にする心が届いている」と話す。

 現在、橋本のところには先染綿織物の国内生産約70%を占める播州織で有名な兵庫県西脇市をはじめ、甚平などに使われるしじら織りの徳島県など、全国から注文が寄せられる。橋本は「小口でも需要があるかぎり難しい染めに挑戦したい。染色に関しては決して『いやだ』とは言いたくない」と染色にかける思いは今でも熱い。

興誠を語る 1年 菅野 敏宏さん

 これまでの高校生活で心に残っているのは体育祭です。普段は仲の良い友達だけでグループをつくり全体では行動してませんでした。しかし体育祭ではクラス全員がまとまり一生懸命頑張れたので、学年総合で優勝できました。クラスが一つになれた良い思い出です。

(卒業生の氏名に続く(興)は興誠商業学校、(高)は興誠高校(数字は卒業回数)、文中敬称略)

 

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