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興誠高校(現浜松学院高校)70周年 誠の精神

第3部 人脈編 ものづくり(2) 信念貫き最高の家具づくり

「信念」と「忍耐」が成功の秘けつと語る鈴木茂太郎さん=浜松市の丸茂木工で

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 浜松市新橋町の一品家具メーカー丸茂木工は、木のぬくもりを生かした、伝統的な家具づくりがモットー。静岡文化芸大をはじめ、県内外の学校や病院に建築付帯家具を納入し、その職人技が高い評価を得ている。会長の鈴木茂太郎(79)=興10卒、浜松市八幡町=は「製品づくりもさることながら、技能者の育成にも心血を注いだことが皆さんの評価になって表れた。不景気といわれる中でも受注が減ることがない」と胸を張る。

 校舎が整備され、クラブ活動も盛んになった創立五年目の一九三八(昭和十三)年に入学。前年に日中戦争が起き、時代に戦雲がたれ込める中で、級長を任された鈴木はクラスの先頭に立って校地や庭の整備に汗を流した。「廿日出校長からスパルタ教育を受けたことが、わが人生を飛躍させた」と鈴木。忍耐力がつき、その後の軍隊生活も苦にならなかったという。

 同級生の下西博(78)=浜松市大瀬町=は「朝七時半から校庭で朝礼があり、きびしい学校だった。自分は副級長だったが、級長の鈴木は人をまとめる力があり、クラスはいつも団結していた。木工会社の経営者として成功したのもうなずける」と語る。

 鈴木が丸茂木工を創業したのは、敗戦の影が残る五〇年。知人の勧めもあったが、それまで木工機械の営業マンとして全国を飛び回り、“名品”といわれる家具をその目で見てきた経験を、自ら手づくり家具に生かそうと思い立った。

 手始めに取り組んだのは職人の育成。次にその技術を社会に認めてもらうため、県内外の展示会に出品した。会長室に並ぶ多数の賞状や盾はその努力と汗の「証し」。一級技能士八人、二級一人を擁する従業員は鈴木の「誇り」となっている。

 鈴木は「スチール家具に押された時期もあったが“木工の良さ”を信じ、決して手を抜くことなく最高の品を作ってきた。信念を曲げず貫き通したことが、結果的に成功につながった」としみじみ。また、興誠高校の教育後援会長としての立場から、後輩に「目的を持つとともに、忍耐力をつけてほしい」とエールを送る。

興誠を語る 1年 永田小夜子さん

 書道コースの二期生です。このコースに入って新しい書体を習うなど、何もかもが初めてのことばかりですが、学習と両立して、書活動に取り組んでいます。今後の目標は展覧会で入賞することです。これからも目標に向かって努力します。

(卒業生の氏名に続く(興)は興誠商業学校、(高)は興誠高校(数字は卒業回数)、文中敬称略)

 

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