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興誠高校(現浜松学院高校)70周年 誠の精神

第3部 人脈編 ものづくり(1) 命守るレーシングスーツ

ライダーのために安全を第一に、より機能性を持たせたいという櫛谷久さん=浜松市三島町のクシタニ本社で

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 富士山のロゴマークで知られる「クシタニ」(本社・浜松市三島町)は、革製品店から出発してオートバイ用品の中堅メーカーヘと発展。国内の二輪メーカーが国際レースに参戦し始めた一九五〇年代後半から、ライダーの命を守るレーシングスーツを供給している。

 その頂点に立つ櫛谷久(53)=高21卒、東京都世田谷区=は「事故からライダーの身を守るため創意工夫を重ねてきた。強度、安全性、レース時の動きやすさが認められた」と話す。

 櫛谷が興誠に入学したのは六六(昭和四十一)年。「柔道部に入部したが一年でやめ、放課後や休日は家の仕事を手伝っていた。軽四輪を運転してオートバイメーカーの工場に行き、テストドライバーのスーツの補修をしていた」

 当時のクシタニは既に、国内のトップ選手から製品の安全性への信用を集めていた。櫛谷も後継者として「どの部分が、どう弱いのか。どうしたらもっといい性能にできるか」を探り、製品開発の先頭に立った。

 七〇年代になると、クシタニのスーツを着用した多くのレーサーが世界のレースで活躍。一般ライダーからも続々と注文が舞い込むようになった。このため櫛谷は、浜松短大を卒業した七一年に「櫛谷商店」を設立。同年、単身上京して世田谷に初の直営店をオープン、同店に集まるライダーを核に店舗網を急拡大し、現在、国内三十四、海外二の直営店を数えるまでになった。

 そんな櫛谷が会社発足時と変わらず続けているのが「聞き取り」だ。本社のフロアには世界各地のレースで着用されたスーツが並び、年に数回は社員を誘い自社製品のテストを兼ねたツーリンクの旅に出る。

 同社の生産管理部門で働く大須賀由裕(27)=高47卒=は「社長という立場にあっても、ものづくりに対する変わらぬ情熱が伝わってくる。それは例えば、社内ツーリングの旅先で、社員たちと夜遅くまで意見を交わし、少しでも改良点を見いだそうとする姿でも分かる」と話す。

興誠を語る 1年 鈴木まり子さん

 昨年の静岡国体で、秋田県の成年女子バスケットボールの選手二人が私の家に民泊。選手から秋田県の話や練習についての話を聞き、私も何かに夢中になれるものがほしいと感じました。チームは決勝まで進み興奮し、と同時に選手らをうらやましく思えた。

(卒業生の氏名に続く(興)は興誠商業学校、(高)は興誠高校(数字は卒業回数)、文中敬称略)

 

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