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興誠高校(現浜松学院高校)70周年 誠の精神

第3部 人脈編 書道家 後輩を指導、自らも錬磨

書道を通して「日本の文化を伝えたい」という中沢功さん

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 一九八〇(昭和五十五)年、二十八歳の若さで日展に初入選以来、十七回の入選。県書道連盟常任理事、浜松書道研究会会長などを務める中沢功(52)=号は皐揚、高22卒=が書道家を志したのは、興誠高に入学して後のことだ。

 「小学校では美術部、中学校ではブラスバンド部。書道塾には一度も通ったことがなかった。けれども書道を始めた途端、すぐに“将来は書で身を立てるぞ”と決めました」

 趣味で書をたしなんでいた父親の影響もあるが、きっかけはやはり師との出合い。何か打ち込めるものをと物色中、当時の書道部顧問・篠ケ瀬義秋から「新入生の中には有段者も多いが、必死にやれば三年で絶対追いつける」と勧められた。それからは練習に明け暮れる日々。「書道には美術や音楽に共通するものがある。筆運びにもリズムが必要で、ブラスバンドをしていただけにスムーズに筆運びができるんです」

 興誠書道部の伝統は、教師が教えるのではなく、先輩が後輩に運筆や構成を指導。必然的に先輩は教えた後輩に抜かれないように練習に励み、三年間で展覧会に入選するだけの実力がつく。中沢も上級生になると、新入生に負けないように一層、創作に励んだ。三年生では県内高校書道の最高峰といわれる「県書初展」知事賞を受賞した。

 卒業後、大東文化大に進んだ中沢は、日展常務理事を務めた青山杉雨(故人)に師事。卒業後は篠ケ瀬の勧めで母校に戻り、書道部の再興に尽力した。現在、興誠高で書道講師を努める伊藤壮一(37)=高37卒、浜松市篠ケ瀬町=や浜松城北工高の小杉英仁(37)=同、浜北市貴布祢=らは中沢の教え子。伊藤は「私も中沢先生を目指して高校入学から書道を始めました。“自分が楽しんで書いた作品こそが良い作品”と教えられた」と話す。

 興誠高校は二〇〇二年度から書道コースを設け、伊藤のほか中沢も特別講師として指導にあたっている。中沢は「字体の上手下手よりも、日本の文化を伝えたい。それが私の使命だと思っている」と話す。

興誠を語る 1年 飯田 真弘さん

 興誠高校に入学して以来、バスケットボール部で頑張っています。冬季に入り三年生が引退し、ボールを持てる時間も増え、とにかく毎日一生懸命に走っています。辛いこともありますが、大好きな部活ですのでこれからも頑張ります。

(卒業生の氏名に続く(興)は興誠商業学校、(高)は興誠高校(数字は卒業回数)、文中敬称略)

 

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