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興誠高校(現浜松学院高校)70周年 誠の精神

第2部 部活動編 ダイビング部 集中力養い高度な技に挑む

高校総体などで活躍した平成元年当時のダイビング部と、山崎監督(後列左、故人)=江之島水泳場で

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 棒高跳びやバスケットボールと並び、興誠の“お家芸”といえば飛び込み。毎年のように高校総体へ出場しているが、その裏には、冬季でも筋力トレーニングを欠かさず、マット運動やトランポリンで技を研究する地道な練習がある。

 ほとんどが初心者で入部するダイビング部。まず一年生で飛び込み台の高さに慣れ、その後は演技に必要な基本動作を覚える。二年生では一年で覚えた技に磨きをかけ、より高度な技に挑む。最終学年では、高得点が出せるよう空中姿勢などの細かい点に気を付けながら、二年間で覚えた技で試合に臨む。

 一九八二(昭和五十七)年から十年間、国体連続出場を果たした県水泳連盟飛び込み委員長の小笠原崇雅(38)=高36卒、浜松市新町=も入学後に飛び込みを始めた。「単純動作を繰り返す練習で精神的に苦痛だったが、一生懸命に取り組んだ結果、二年生から国体に出場できた。飛び込みは他のどんなスポーツよりも集中力が養える」と、興誠から始まった競技人生を振り返る。興誠の場合、実戦練習は学校から車で約三十分の江之島水泳場(浜松市江之島町)。屋外のため、室内飛び込み台で一年中練習ができる他校に比べれば大きなハンディがあるが、集中力でカバーしているという。

 現部員は十二人。今年の静岡国体(夏季)で高飛び込み2位となった山本敬樹(26)=高48卒、富士市中野=は「夏だけの実戦練習という厳しい環境だが、伝統校に恥じないよう頑張ってほしい。全部員で部を盛り上げ、飛び込みをメジャースポーツにしてほしい」と後輩らにエールを送る。

 創草期からの指導者で、ダイビング部の育ての親と言われるのが山崎洋一(二〇〇〇年十一月死去)。前県水連飛び込み委員長の鈴木文彦(47)=高26卒、浜松市城北=は「興誠の飛び込みの歴史は、山崎先生の熱い指導のたまもの。先生の練習は厳しく、ミスをすると座っているいすやブロックをプールに放り投げるほどだった。半面、練習以外では父親のような存在で、卒業後も先生を慕ってOBがよく集まった」と懐かしむ。

興誠を語る 3年 松田 真幸さん

 興誠高校に入学後、ダイビング部に入部した。初めて挑戦するスポーツで、練習内容も濃く、何度もくじけそうになった。しかし、指導してくれる先生方や多くの友人、家族の協力などで、とても充実した競技生活を送ることができました。

(卒業生の氏名に続く(興)は興誠商業学校、(高)は興誠高校(数字は卒業回数)、文中敬称略)

 

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