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興誠高校(現浜松学院高校)70周年 誠の精神

第1部 校史編 プロローグ 卒業生2万5000人各界で活躍

2002年夏の甲子園に初出場、初勝利を挙げた興誠高ナイン

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 興誠高校は一九三三(昭和八)年十一月二十二日、文部大臣の学校設立許可を受け「興誠商業学校」として創設された。初代校長は元内務大臣秘書の廿日出厖(はつかで・ひろし)。当時の遠江商業学校から分離・独立した形で、校舎はなく、普済寺(浜松市広沢町)の本堂や野外での文字通り“寺子屋授業”からの出発だった。翌年三月に曳馬村高林(現浜松市高林)の、白山神社境内だった現在地へ移転。校名は戦中、戦後を通して何度か変わり、七三年に現在の興誠高校となった。

 創立以来の卒業生は約二万五千人。「多角的、総合的な知識技能を有する人材の育成」の教育目標にふさわしく、地元・遠州地方の政治、経済界をはじめ文化、芸術、スポーツなどさまざまな分野に活躍している。

 七十周年を迎えた本年度、同校では校舎を全面的に改築。さらに来年度には中高一貫教育のための中学校を併設し、同市布橋の県立大短期大学部浜松校跡地に四年制の「浜松学院大学」(仮称)も開学する。

 「己れ自身にて、額に汗して働く(実践する)」。創立者でもある廿日出校長の言葉は今日まで、同校生徒の日々の勉学やクラブ活動に生き、苦労をいとわず努力することに価値を見いだす“誠の精神”として先輩から後輩へ脈々と受け継がれている。

 「誠は天の道なり これを誠にするのは人の道なり−の『誠の精神』を建学の精神として、浜松の地に七十年。そして今、百年へ向けて新たなスタートを切りたい」(OBでもある神谷正平理事長=興3卒)。「二十一世紀は地球時代。建学の精神のもと『誠実・着実・堅実』を指針に、生徒たちには地球時代の地球市民として生きる力をはぐくんでほしい」(夏目竜三校長)

 戦中戦後の混乱期を興誠に学んだ山崎篤光同窓会長(興16卒)も「学園と高校の大変革期に大いなる飛躍を期待している。同窓生とともに母校に熱いエールを送りたい」と力を込める。

興誠を語る 3年 池川 隆さん

 ここ数年、興誠は校舎改築により大きく様変わりしていますが、七十年の伝統には微塵(みじん)の変化もなし。さらに来年は中等部開設、まさしく歴史の節目を迎えます。

 すべてに改革という文字が見え隠れする今、自分たちの責任の重さを、むしろ喜びとしたいと思います。

(卒業生の氏名に続く(興)は興誠商業学校、(高)は興誠高校(数字は卒業回数)、文中敬称略)

 

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