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気賀高校90周年 ひろ丘に輝く

OB編(9) 税理士で頑張る 宮沢 純一さん

新たに大学生活も開始

「人生いつまでたっても勉強は欠かせない」と語る宮沢さん=引佐町井伊谷の会計事務所で

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 「勉強できる時にやらないと後で苦労する」−。気賀高時代、先生にかけられた言葉の重みをひしひし感じると、一九六九年三月卒の宮沢純一=引佐町井伊谷=はしみじみ語る。

 宮沢は「とにかく早く社会人になって働きたい」と六六年四月入学、就職コースのクラスへ。一年の担任で英語を教えた菊谷俊夫=浜松市=の授業は「質問に答えられないと立たされるので必ず予習、復習をした」ことを懐かしく思い出す。

 中学時代は柔道部に所属しており、六四年、気賀高に柔道場が完成したのを機に発足した柔道部に入り三年間、練習に汗を流した。「黒帯を取ったのはうれしかった」。佐藤満=細江町=、高山雅孝=同=、内山裕一朗=東京都大田区=とはいい練習仲間だった。

 卒業当時、日本は高度成長期で就職も“楽々”の状態。三年生の六月には会社も内定、六九年から横浜市の会社で働き始めた。社内で同世代の人間がどん欲に頑張る姿にショックを受け「田舎者にとってこれが人生を変えたかもしれない」。

 もう一度勉強しようと翌年から神奈川大経済学部夜間部に通い、勤め先も会計事務所に替えた。実務を覚えながら八三年に税理士資格を取得。八五年にふる里で念願の会計事務所を開いた。

 税理士の仕事は税制改正など常に勉強は欠かせない。東海税理士会の研修で九九年ドイツ、二〇〇一年の米国研修に参加したのを機に、〇四年から名古屋市大大学院経済研究科修士課程で学ぶ。

 今は東海税理士会浜松西支部総務部長を務める宮沢だが「この年齢で勉強するのは大変だが逆に新鮮で大学に通うのが待ち切れない」。

(文中敬称略)

 

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