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掛川西高100周年 天守の杜に

第3部 人物史編 生徒座談会(上)

野球と学校生活一体 地域の伝統校 重みひしひし

 これまで三部にわたり、掛川西高の歴史や部活動、卒業生の活躍ぶりを紹介してきた。連載の締めくくりに当たり、現役の掛西高生たちが今、校風や伝統をどのようにとらえているのかを知るため、四人の生徒を招いて生の声を聞いてみた。座談会前半。

 ――外部からは野球のイメージが強いが、在校生から見た掛西高の特徴は。

 岡本 学校生活と野球は切り離せない。入学して最初に体験するのが応援練習で、昼休みと放課後に校歌や応援歌を覚える。昔から続いている行事で、応援団の指導は「怖い」と思うほど厳しい。中途半端にやれる雰囲気ではなく、応援団員と目が合うと心臓がばくばくした。ですが、この練習を経て野球の応援に行くと野球を見るのも応援も楽しくて、毎年行きたいと思うようになる。

 松浦 以前、八十歳代のOBから「七十年前に西高に入学し、一番印象に残ったのは応援練習だ」という話を聞いた。先生方からは「応援練習はそんなに厳しくやらなくても…」と言われることもあるが、昔から受け継いできた伝統はそのまま教えていかなければと実感する。

 山崎 私は隣接学区から入学した。西高を選んだ理由は「文武両道」という昔からの評価を聞いたから。実際、運動部でも文化部の人も、毎週行われるテストの成績が落ちると、合格点が出るまで勉強に集中するので、「文武両道の伝統は本当だなあ」と思う。

 野球に全く関心がなかったせいか、入学後の応援練習の厳しさには驚いた。最初はこの練習が嫌で、周りには「学校やめたいね」とまで言う人もいた。でも実際に野球部の応援に行ってみると、試合は面白かった。

 曽根 僕も西高に入学するまでは野球に興味はなかった。応援に行って野球が楽しいと感じられるようになった。応援練習という、だれにとっても野球を身近に感じられる制度ができているのは西高の大きな特徴だと思う。

 ――今年は百周年の節目に当たり、学校の歴史や伝統に思いを寄せる機会も多かったはず。どんなときに伝統を感じたか。

 岡本 昔が男子校だったせいか、生徒会長は当然男子という雰囲気があった。私は一年からずっと生徒会活動にかかわり、「人任せにするよりは…」と思って立候補し会長になったが、「女性」だから有名になった面がある。でも、男の生徒会長がやってきた仕事は当然こなしてきた。女性だからといって特別扱いがないのも、長い間に培ってきた校風だと思う。

 山崎 二年近く前になるが、掛川に住んでいる父方の祖母に西高入学を報告したとき、とても喜んでもらえた。そのときに「ああ、これが地域の伝統校の重みだなあ」と漠然と感じた。

 松浦 小学生のときに西高が甲子園に出場し、生徒の応援ぶりを見て感動した。それで、当時から「西高に入って甲子園へ行く」とのあこがれがあった。中学校の野球部生活で、自分の才能には見切りをつけましたが、何かの形で野球とかかわりたくて応援団に入った。応援団では自分たちが五十数代目に当たる。それだけでも、軽い気持ちで活動してはいけないという伝統の重みを感じる。十月の百周年記念式典で、団長として校歌斉唱の指揮を担当できたのは、本当に光栄だった。

 また、政治家などさまざまな方面でOBの名を聞くと、西高生であることを誇らしく感じる。今後もその流れを絶やさないようにしなければと実感する。

(文中敬称略)

 【座談会出席者】

▽前生徒会長・岡本沙織さん(3年)

▽前応援団長・松浦要介君(3年)

▽生徒会書記・山崎寛子さん(2年)

▽生徒会役員・曽根智也君(2年)

 

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