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掛川西高100周年 天守の杜に

第3部 人物史編 書道家

国内外に永久収蔵作 「刻碑」も各地に

世界的な古典派書道家として知られる倉山貞市氏=沼津市牛臥の自宅で

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 「『書は人なり』という言葉の意味を、この年齢になってようやく理解し始めた気がする」−。九十四歳の古典派書道家、倉山貞市(雅号雪州、大12卒)=沼津市牛臥=はそう言って筆を握ると、大きな紙いっぱいにサラサラッと四文字を書き上げた。

 「子孫永寶」。古代文字の篆(てん)書をアレンジした作品には、伸び伸びした風格が表れている。倉山の作品は、中国・故宮博物院や米国・ワシントン美術館、フランス・ベルサイユ宮殿のほか、国内では日本書道美術館などに永久収蔵されたほか、静岡県東部の寺社、学校などにも刻碑、揮ごうという形で保管されている。

 倉山は県書道連盟顧問、日本書道美術館名誉副館長、日中友好書法会館(中国・桂林市)名誉館長などを兼務する書道の大家だが、「学生時代は字が汚かったなあ」と振り返る。

 書道を始めたのは、浜松師範学校(現静岡大教育学部)を出て教職に就き、大正十四年に駿東郡鷹根尋常高等小学校に赴任した十九歳のとき。近況を知らせようと実家へ手紙を出したところ、父から「こんなに字が下手な先生がいては教え子がかわいそうだ。今すぐ家に帰り、農業をやれ」と返事が戻ってきた。これがきっかけで、倉山は沖六鵬、伊東参州(東京学芸大名誉教授)らに師事。定年退職後から本格的な創作活動に取り組み、現在の地位を築いた。

 教職にあって書道を始めたという例は、県書道連盟袋井支部長の佐野芳彦(雅号芳州、昭24卒)=袋井市高尾=も同じ。佐野は小中学校の教諭、校長を経て現在、袋井市立南公民館の館長を務めるが、月に二回、掛川西高同窓会袋井支部でも書道教室を引き受ける。豪快な文字を二、三畳の大きな紙に書く「少字数書」が得意で、忙しい仕事の合間を縫って創作に励む。

 書道について佐野は「奥が深く、死ぬまで勉強あるのみ」と語る。南公民館の行事で扱う賞状は、佐野の直筆で「頑張った人のために真心込めて書いている」と照れ笑いを浮かべた。

 浜松で書道教室を主宰する櫻井京子(雅号春光、昭41卒)=浜松市文丘町=は、県書道連盟理事長の櫻井治信(雅号流翠)=焼津市中根=のいとこ。行草体や水墨画など幅広い分野で研究を重ねる一方、若手の育成にも力を注ぐ。その櫻井が今、今年八月に刊行された母校の創立百周年記念誌「掛中掛西高百年史」に書かれた書道に関する一節に深い興味を示している。

 その一節とは−。開校時の教職員十人のうち、習字の大家と呼ばれた薗田鉄三郎(雅号松東、故人)が、郷里・浜名郡北庄内村(現浜松市庄内地区)の渚神社の幟(のぼり)に筆跡をとどめている、というもの。

 渚神社は現在の地図では確認できず、現存するか不明だが、櫻井は「幟が今も残っていれば、ぜひ見たい。庄内地区に住む知人たちが渚神社を知っているかぜひ調べてみたい」と、歴史に埋もれた先人の作品が再び発見されることを願っている。

(文中敬称略)

 

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