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磐田南高校80周年 磐田が原の台地に

エピローグ 磐南らしさ 100周年をめざして

“磐南らしさ”は時代とともに−生徒会誌「白熊」発刊20周年座談会で学校と生徒像を語り合う先輩、後輩たち=磐田市の磐田南高「はぐま会館」で

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 創立六十周年に創刊された生徒会誌「白熊(はぐま)」の発行二十周年記念座談会が今月中旬、「はぐま会館」で開かれた。出席者は創刊時の生徒会長太田学さん(36)=高三十七回卒=、副会長岡本正彦さん(35)=高三十八回卒=と、生徒会顧問だった伊藤律夫さん(49)=高二十四回卒。在校生からは水島惇・生徒会長ら五人が席に着いた。

 二十年前の学校の様子や創刊時のエピソード、現在編集を進めている第二十号の話題などで話は弾んだ。うち解けてくると、やはり話題は同校最大のイベント「はぐま祭」に。「当時から理数科は映画を作っていた」「後夜祭でのダンスは今は盛り上がらないんですが…」など今と昔の相違について話に花が咲いた。

 八十年の歴史を紡いできた「見中」と「磐南」。はぐま祭に限らず、その長い時間の中では変わった点もあれば、今も伝えられる点もある。

      ◇

 同校の卒業生や在校生に共通するのは、「磐南生」であることに強いアイデンティティーを持っていること。良くも悪くも地域に期待され、地域に「見られて」いるため、「自分は磐南生なんだ」という自覚がはぐくまれるのだろう。学校への愛着は「誇り」として昇華され、卒業後の活躍のバネになっている。

 座談会の場で、伊藤さんからの「八十周年の節目に在校して、どんな印象を受けたか」との質問に、ほとんどの在校生は「立ち会えて良かった」と答えた。一連の行事は学校への愛着を育てるという意味で、昔を懐かしむ卒業生だけでなく、在校生にも何かしらの刺激になったに違いない。

 同じ質問でこんな意見も出た。「伝統に縛られすぎている。『磐南らしくなる』のではなく、新しい『磐南らしさ』を私たちが作ることが大切」

 生徒の言葉通り、時代の変遷に従い、「磐南らしさ」といったものも少しずつその意味を変えてきた。昔の「労作教育」「水泳、陸上の覇者」といった「質実剛健」「文武両道」「真剣至誠」の校訓を体現するイメージは、今の「県内有数の進学校」としての評価にとって代わられつつある。

 価値観が多様化し、「教育改革」が叫ばれる現在。今後の地域や社会を担う人材には、単に「頭がいい」「勉強ができる」だけでは済まされない、何か別の資質が求められている。同校が掲げてきた三つの校訓にこそ、今、若者に必要とされるその資質が見え隠れしているのかもしれない。

 八十周年の節目は、過去を懐かしむきっかけであるだけでなく、その現在の教育を見つめ直すいい機会でもあるはずだ。

     ◇

 「百周年の時には、きっと君たちがこういう場に呼ばれますよ」。座談会の最後に、太田さんは締めくくった。「楽しみに待っていてください」。二十年後の百周年を、同校はどんな姿で迎えるのか、関係者のみならず地元住民も「楽しみに」期待して待っている。

磐南を語る 2年 水島 惇さん

 生徒会誌「白熊」が創刊されたのは、二十年前のこと。それに比べて僕が生徒会長になったのは、今年の六月。とても大きな時間の差を感じる。今回の「白熊」創刊時のみなさんとの座談会で、当時の様子をうかがうことができたのは大変、有意義だった。時代により多少の変化はあるものの、はぐま祭、後夜祭など今も変わらずこの学校に息づく伝統をあらためて確認した。この伝統を、ある部分では変わらずに、またある意味では思い切って壊し、そして新たに作り次に引き継いでいきたいと思う。

(文中敬称略)

=おわり= この連載は報道部・平松功嗣が担当しました。

 

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