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磐田南高校80周年 磐田が原の台地に

第2部 部活動、今昔 生物・自然観察部(上) 『鈴木梅太郎賞』を受賞

昭和33年、全国審査の最優秀賞にあたる「鈴木梅太郎賞」を受賞した生物部。右が大橋さん

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 戦後、陸上部が運動部の中では輝かしい成績を残していたころ、文化部でも生物部が全国を舞台に活躍した。昭和三十三年には「メダカに対する塩類の影響」で、全国審査の最優秀賞にあたる「鈴木梅太郎賞」を受賞した。

 「あのころは近くでメダカを何百匹も捕ってきては、ずらっと並んだ牛乳びんに入れて観察していました」と振り返るのは、部長だった大橋忍さん(61)=磐田市中泉、高十一回卒。当時は部員も多く、四、五十人はいる大所帯だった。

 顧問は黒沢美房教諭。今に伝わる校章の「はぐま」を選んだ先生として有名だ。生涯を植物にささげた名教師。遠州地域で新種の植物を多く発見、クロサワアザミをはじめ植物名や学名に「クロサワ」「KUROSAWA」が付く植物も多い。

 派手なことが嫌いな教師だった。温厚で地味。見つけた植物をはさむノートのような「野冊(やさつ)」、亜鉛板の容器「胴乱(どうらん)」と愛用のリュックサックを片時も離さず、もくもくと山を駆けめぐる。新しく見つけた植物は、野冊にはさんで研究の対象にした。そんな黒沢教諭の姿を見て、生徒も生物を好きになったという。

 黒沢教諭は生徒会の顧問もしていた。「黒沢先生にはかわいがってもらいました」と生徒会長も務めた大橋さんは目を細める。たばこを吸っている生徒が見つかったときなどは、生徒会長として怒られたことも。「間違ったことには厳しかった。でも、生徒会、生物部の両方で世話になった。一生の中で心の支えになっています」

 一つのことに対する集中力とおう盛な研究心。校訓の「真剣至誠」につながる黒沢教諭の姿を間近で見ていた生物部は、当時の文化部をリード。「“今”を一生懸命生きて、ものごとに打ち込む。そのときそのときに在学していた生徒のその頑張りがつながって、伝統になるのでは」。大橋さんが話す通り、伝統を引き継いできた生物部は、その後の研究発表でも優秀な賞を次々と獲得し、現在につながっている。

磐南を語る 3年 芝田 達郎さん

 磐南入学とともに僕たちは日々磐南生であることを求められ生活している。当たり前のように聞こえるかもしれないが、現実は常に厳しいものだ。この磐南生らしいとは、どういうことなのだろうか。磐南生らしいとは僕らしいということに対して、イコールなのだろうか。それともただ単に、作られた優等生を演じろということなのだろうか。僕のアイデンティティーとはどこにあるのだろうか。それを見つけるために僕は高校生活を模索の中に生きている。

(文中敬称略)

 

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