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磐田南高校80周年 磐田が原の台地に

第2部 部活動、今昔 水泳部(下) 水球で東海大会の常連校に

 戦前に輝かしい歴史を残した水泳部。昭和五十年代にも、インターハイに多数の選手を送り出すなど一時代を築いた。

 一つのきっかけになったのは、初めての女子部員、青木美樹さん=旧姓橋本、栃木県市貝町、高三十五回卒=が昭和五十五年の春に入部したこと。青木さんは中学から有名選手で、同級生の男子よりも速かった。そのため、男子が発奮。昭和五十六年のインターハイでは、四百メートルメドレーリレーで「磐田南高校」として出場するに至った。

 当時赴任したばかりで同窓の藤原靖久教諭=浜松市遠州浜、高十五回卒=も指導熱心。青木さんの同級生で主将を務めた内海恭秀さん(37)=磐田市中泉、同=は「水泳漬けの毎日で、藤原先生にびしびししごかれた。四月の寒いころは、プールサイドで水を入れたドラム缶の下にたき火をおこし、即席の“お風呂”を作って暖をとった」と振り返る。

 そして、そのころの選手たちが、戦後の磐南水泳部の一つの転機ともなった。藤原教諭が、このころの選手に初めて水球をやらせたのだ。「最初の試合は大敗しましたけどね」と藤原教諭。しかし、内海さんが一年生のときに水球チームは公式戦デビューを果たし、見事に勝利した。この水球は今の磐南水泳部の“目玉”となっている。

 磐南の水球は、県で二チームしか出られない東海大会の常連校。平成三年にはインターハイにも出場し、会場である母校自慢の五十メートルプールで活躍を見せた。ライバルは掛川西高。毎年の国体では、その両校の選抜メンバーで臨んでいる。磐南は静岡高校水球界の両雄の一つなのだ。

 残念ながら、最近はインターハイ、国体とも出場から遠ざかっている。「伝統ある部活だから僕たちも頑張らないと。今年こそは東海大会に優勝してインターハイに」と現主将の池田啓介さん。一方で約二十年前の主将、内海さんは「歯を食いしばってがんばれ」とエールを送る。数世代にわたる磐南水泳部員は、長い伝統の中で一つにつながっている。

磐南を語る 2年 豊原  健さん

 僕がよく学校生活の中で感じることは、磐南には勉強ができる人もいればできない人もいて、授業をまじめに受けている人もいれば居眠りしている人もいて、騒がしい人もいればおとなしい人もいて、そういう風にいろいろな人がいて磐南とはごく普通の高校であるということです。他の高校となんら変わらないということです。だからこそ高校では何を学んでどのように成長すべきなのかが、磐南では自然と分かるのであると思います。

(文中敬称略)

 

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