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磐田南高校80周年 磐田が原の台地に

第1部 校史 80周年 校歌高らか式典を祝う

卒業生と現役生の心を一つにする校歌。伊藤教諭が作詞した歌詞は、校内の歌碑に刻まれている

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 磐田南高校の八十周年を祝う記念式典は、五月三十一日に磐田市の市民文化会館で挙行される。「現役生も巻き込んだ式典に」と内山賢二校長。外部の人の招待や講演会などは極力抑え、卒業生と現役生の代表が母校についての思いをシンポジウムのような形で発表。午後は、学校で文化祭「はぐま祭」も開催され、八十周年を意識した展示も。式典に出席した卒業生に今の“磐南”を見てもらうという。

 もう一つ、式典の柱がある。普段は別々に活動する弦楽合奏部と吹奏楽部が“磐南オーケストラ”を結成。この日のために編曲された校歌を奏で、卒業生と現役生とで合唱するのだ。

 校歌といえば、最近までその成立の経緯、作詞者、作曲者の経歴などほとんど知られていなかった。そこで、在学当時は吹奏楽部、大学では応援団に所属し、「校歌」というものに愛着の強かった青島秀樹さん(46)=浜松市、高二十六回卒=が、七年前に校歌について調べ、冊子にまとめた。

 調査の結果、作詞した伊藤恕(ひろし)教諭は、「聖職者のような」(青島さん)先生だったことが分かった。物静かで地味。当時の生徒の記憶にもほとんど残っていないような先生だったが、生徒の父親の債務を肩代わりしたり、戦後は恵まれない子どもたちに洋服を買い与えたりしていた。そういった善行の数々を、だれにも知られないようにやっていた。初代・尾崎楠馬校長の教え「人に知られずにやってこそ奉仕」を体現していたと青島さんは感じた。

 その伊藤教諭が作詞した校歌が、八十年の歴史を祝う式典で演奏され、歌われる。「古いOBも現役生も、校歌を歌えば同窓生なんだという同じ気持ちになれる」と青島さん。戦前・戦中・戦後の磐周地域の教育の中心を担ってきた「見中」と「磐南」。八十年の歴史を経た今、校歌を通じて卒業生・現役生の心が一つになる。

磐南を語る 2年 浅井 一男さん

 磐南の生徒には学校が好きな人が多いなあと近ごろよく思う。毎日授業前、朝早くから勉強や部活に精を出し、放課後もそれぞれの活動を遅くまで行っている。このことはただ単に、部活や勉強をするためという理由だけではなく、学校の居心地がいいから、つまり学校が好きだからだと思う。それ故に磐南生は学校行事に全力で取り組めるし、厳しい学校生活も楽しく過ごせるのだと思う。生徒が学校を好きになる、こんな磐南が私も好きである。

(文中敬称略)

 

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