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磐田南高校80周年 磐田が原の台地に

第1部 校史 はぐま会館 磐南生の自覚はぐくむ

盛大に行われた創立60周年・生活館(はぐま会館)落成記念式典=昭和58年10月、同校で

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 今春に第十九号が発刊された生徒会誌「白熊(はぐま)」。創刊は創立六十周年の昭和五十八年度。生徒会長を務め、創刊を提案した太田学さん(35)=浜松市初生町、高三十七回卒=は、その手作りの冊子に懐かしそうに見入る。「“白熊”と漢字を使っているのがかっこいいですね」

 「自分から進んでなった生徒会長ではなかったけど、せっかくだから何かやりたくて」と太田さん。しかし、予算が足りず、手書きの原稿を輪転機でわら半紙に印刷した。現在では、校内に二部しか残らないお宝だ。

 創立六十周年の年にはもう一つ、後に南高の顔となる施設が誕生した。校門を入ってすぐ右手の「はぐま会館」。鉄筋コンクリート三階建てで、部活の合宿などで使う生活館として建設。宿泊室のほか、会議室やシャワー室も備える。「女子生徒も増えていたので、茶道なども学べるよう作法室も設けた」と当時の同窓会長、川嶋辰男さん(85)=磐田市御殿、中八回卒。「いいもの作ったな」と目を細める。

 現在から振り返れば、当時はバブル経済の初期。何もかもが右肩上がりで、新しいことにもちゅうちょなく挑戦できた時代だった。しかし当時の生徒たちは前を向きつつ、六十年の長い伝統に支えられた「磐南」と「はぐま」という言葉の響きにも自らのアイデンティティーを感じていた。

 「磐南生なんだな、という自覚は在学時代からあった。はぐまを図案化した校章も誇りに思っていた」。現在は浜松医科大で医師として活躍する太田さんは話す。「職場でも、磐南OBのつながりはあります。後輩が新たに医局に来ると、“面倒見てやるか”という気持ちになる」。“磐南”を巣立った卒業生は、八十年の歴史を経ても“はぐまの伝統”で結ばれている。

磐南を語る 3年 大戸 理奈さん

 「責任あっての自由です」のもとで、生徒会活動が運営されて数年が過ぎました。一人ひとりが責任を持ち、そして楽しむ。そんな生徒が集まって磐南生徒会が成立しています。私たち役員は、なるべく多くの人たちの意見を取り入れて、全員参加の生徒会を目指していきたいと思っています。八十周年を迎えるにあたり、生徒会にも今まで以上の出来上がりが必要とされています。でも、伝統を忘れないで受け継ぎつつ、新しいことをしていきたいと思います。

(文中敬称略)

 

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