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引佐高校100周年  いなさの丘に

第1部 歩み(10) 産業技術科へ 全科一本化で新生

1987年4月、全科が産業技術科となって行われた最初の入学式=引佐町金指の引佐高で

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 総合型職業校への試行としてスタートした、全国初の産業技術コース設置。学校当局は一定期間の“試み”だけで終わらせたくなかった。当時、浜松市北部地域では浜松テクノポリス(技術集積都市)建設で産業構造が農業から商工業中心型へ比重が移り、教育界も社会の変革に対応できる教育を求めるようになっていたからだ。

 そんな時代背景に学校は一九八五(昭和六十)年から全科を産業技術科とする研究を始めた。手始めに八六年、産業技術コース二クラス(八十人)を科にした。だが、機械科教師の間で「産業技術科は新しい農業科への試みで機械科に関係ない」との雰囲気が強かった。

 「産業技術、園芸、生活、機械科が混在した学科編成では、将来、再び学科変更の選択を迫られる」。当時校長で現・農林大学校講師の小野勝己(71)=浜松市半田山四=は危ぐした。高校進学で引佐高へ入学する生徒のレベル低下の心配もあった。小野は「機械科の人気は高く、農業分野の科はますます、不人気になる」と産業技術科実現に心血を注いだ。

 小野と教師の話し合いでは「農業と工業の持つ専門性が薄れる」「学校の底上げになる」−。話し合いは四十回以上におよんだ。小野は「これからの時代、農業、工業だけの知識を身につけただけではだめだ」と再三理解を求め“難産”の末、八七年度から産業技術科一本でスタートすることになった。小野は「引佐高は産業技術科で新しく生まれ変わった。引佐に学ぶ生徒は自信と誇りを持ってほしい」と今も言う。 

(文中敬称略)

 

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