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引佐高校100周年  いなさの丘に

第2部 OBは語る(19) 池田 佐智男氏 18年間母校で教べん

母校の発展を期待する池田佐智男さん=三ケ日町の自宅で

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 生徒として、教師として引佐高校に通った池田佐智男(68)=四十八回生、三ケ日町宇志。母校への思いは、人一倍強い。

 同校併設中から一九四八(昭和二十三)年に農業科へ進んだ。戦後の食糧難時代。生徒も先生も農業は国の基、農高生は食糧増産の戦士という気持ちが強く「一人ひとりが農業に誇りを持ち米や麦、野菜づくりに頑張った」。

 五一年に卒業し、静大農学部へ。自宅でミカン栽培していたことから果樹を研究。卒業時は就職難で農業試験場の研究員をあきらめ、高校教師となった。同級生の堤久=三ケ日町=、黒瀬良夫=静岡市=も教員になった。

 三ケ日高を振り出しに七八年から十八年間は母校に勤務。その後教頭となり磐田農高などを経て九三年、浜松の農経高を最後に退職した。母校での教員生活は順風満帆でスタート。しかし七五年ごろから“輪切り”という高校進学のひずみが現れ、生徒の服装が乱れ、校内で喫煙するなど荒れた。あちこちの高校も同様で「現場の教師の一人としてつらかった」と振り返る。

 加えて年々定員割れが続き、八二年から農業、機械科の壁を取り払った学校づくりに取り組み、携わった。八七年、現在の産業技術科が誕生。母校は新しい時代の学校として今も前進する。「さらに発展を」と後輩にエールを送る。 

(文中敬称略)

 

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