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引佐高校100周年  いなさの丘に

第2部 OBは語る(13) 伊藤 八右氏 面打ち修業に没頭

仕事の合間に面打ちの制作に励む伊藤八右さん=引佐町渋川の自宅で

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 子どものころから面打ちの世界にあこがれ卒業と同時に、京都の金剛流の面打ち師に弟子入りした伊藤八右(51)=六十五回生、引佐町渋川。今は浜松市中消防署救急隊員の仕事の合間をみて自宅で制作活動に励む。「高校時代の三年間は自分の将来を決める大切な時間だった」と振り返る。

 伊藤は日本画家の父信次(82)が面を打つ姿、さらに地元で四百年前から正月に行われる国無形民俗文化財「寺野のひよんどり」を見て育ってきた。そんな環境もあって「気がついたら、のみを握っていた」。

 父は伝統芸術に熱中する息子の姿を喜んだが「高校はきちんと行きなさい」と勧め、一九六五(昭和四十)年、農業科へ入学。しかし伊藤は学校から帰ると「それこそ勉強もそっちのけでした」と語るほど面打ちの修業に没頭した。

 担任の榊原吉之は伊藤の気持ちを知ってか、新城市内で開かれた能舞台に誘ってくれた。三年生になると伊藤は「自分には面打ちしかない」と卒業と同時に京都へ。同級生の森二次男=京都市=も伊藤に感化され後を追い、京都で仏師の修業に入り、その道で頑張る。

 師匠の死を契機に三年後、京都から故郷に戻った。消防署の勤務で疲れた体も、のみを握れば忘れる。これまでに制作した作品は小面、般若など三百点。「なかなか気に入った作品はできない、この道は一生修業です」 

(文中敬称略)

 

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