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引佐高校100周年  いなさの丘に

第1部 歩み(7) 校歌 “新旧”に生徒の思い

旧校歌の譜面

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 「若紫に夜はあけて 空玲瓏(れいろう)と澄みわたり…」との旧校歌は、一九二八(昭和三)年、国語科教師だった小澤三郎(96)=茨城県古河市在住=の手による。

 小澤が近隣の風景、歴史などを詠み込んで作詞した。五番まである歌詞には校訓の精神「質実剛健 勤労愛好」が息づく。作曲は浜松師範学校の本間彦作教諭(故人)に依頼。アップテンポのメロディーで、小澤は「生徒にしっくり合っている」と喜んだ。

 十七年後の敗戦で世の中は激変し、校歌にも不都合が出た。皇室を賛美する「仰ぐもたふとし南朝の 竹の園生の跡どころ…」(二番)などがあったからだ。

 占領下の日本。学校は敗戦翌年から校歌の二、四番を外して使用。また、「文読む窓に雁きけば 田の面は黄金の波そよぐ」を「朝の窓に文をとり 夕討論に智を磨く」と詞の一部を変えた。以後十年余、変則的な校歌が続く。それでも五一年卒、池田佐智男(68)=三ケ日町宇志=は「農業高らしく印象的だった」と当時の校歌を懐かしむ。

新校歌の譜面

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 新校歌が生まれたのは、高度経済成長のとば口の五八年。「赤石の嶺をはるかに 浜名湖の波は静けく 引佐の丘に学ぶ…」。国語教師の河野文圭(故人)らが作詞。曲は、三十年前、旧校歌を作曲した本間が再び手掛けた。同じト長調だが、ゆったりと流れるような曲調が特徴だ。

 以後、新しい校歌が生徒に歌い継がれる。でも、OBたちの旧校歌への思いは強く、今も同窓生の集いでは新旧の校歌が競い合う。

(文中敬称略)

 

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