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浜松市立高100周年 心に誠・愛・節

卒業生(3) 充実した“おまけの人生”

 多くの人間は生きていく上で、大小さまざまな苦難にぶつかる。落ち込んだり、立ち向かったりする経験こそが、人生の糧となる。ただ浜松市の民生・児童委員鈴木ふみさん(76)=高女39回卒、同市南浅田=の場合、その身に突然降りかかった苦難が、想像をはるかに超えるものだった。

 昭和三十八年十二月二十八日午前四時ごろ、当時鈴木さん夫婦が親類と営む製材工場から炎が上がり、強風にあおられて一瞬のうちに工場兼住居を襲った。「二階が私たちの住居だった。夜明け前、息苦しくて目覚めると一面が煙に包まれていた」という。

 隣はガソリンスタンド。初期消火に取りかかったが、火の勢いは強まるばかり。一階は既に火の海だ。「早く逃げて!」。中二の長男、小五の二男は鈴木さんの声を聞き、開かない戸を突き破って脱出。だが二歳の三男は階段わきでおびえていた。

 「この子は無事でありますように」と祈りながら、鈴木さんは幼子を胸に抱き、夢中で火の中を駆け抜けた。うねる炎が三十八歳の母親を容赦なく襲う。必死だった。

 奇跡的に三男は無傷だったが、鈴木さんは顔、両手足に重度のやけどを負った。顔はケロイド、右手は引きつり、握ることもできない。地元病院で四十日入院した後、東京警察病院で八回も皮膚移植手術を受けた。

 鈴木さんはこの間、多くの人に受けた援助、励ましを決して忘れないという。「入院中には、毎日市立時代の同級生がだれかしら訪れ、声を掛けてくれたのが本当にうれしかった」と振り返る。

 やがて三男が入団したボーイスカウトの連絡係を務めたのを機に、沈みがちだった心がいやされ始める。浜松市婦人連盟浅間校区会長、同連盟本部事務局長などを歴任し、子供講座、寝たきりのお年寄りや障害児のためのプレゼント活動、交通安全協会活動などを支える地域ボランティアの“顔”になった。

 このほか、同市南部公民館を拠点とした花づくりグループ「なでしこの会」を発足。長年会長を務め、花と笑顔を絶やさない運動に尽力する。会長職は昨年春に退いたが、今も地域のためにと、自宅庭で花の苗を栽培する。平成元年から委嘱された民生・児童委員は、今月末で定年退任を迎える。

 「鏡に映った顔を見ると、あの出来事を思い出す」という鈴木さん。「死を覚悟した当時を思えば、今は“おまけの人生”だが、私は周囲の人の温かさに触れ、楽しい毎日を送っている」と、喜びに満ちた穏やかな笑顔で語ってくれた。

(文中敬称略)

 

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