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浜松市立高100周年 心に誠・愛・節

校史(10) 思い出甘く“恋の細道”

市立高(左側)と浜松北高(右側)を結ぶ細道=浜松市広沢で

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 「何の変哲もない、普通の通学路ですよ。昔は、いろいろな出来事があったと聞きますが、最近は何もないです」。現役三年生の松島眞起子さんが、ちゃめっ気たっぷりに語る。

 ここでいう“普通の通学路”は、市立高の裏門に面して東西に伸びる細道のこと。昭和二十二年、校舎が浜松市広沢へ移転して以来、すぐ北側の浜松北高とは、この道をはさんで隣り合わせだ。

 現在、細道は幅約五メートルに広がり、高いフェンスで仕切られているが、移転時は、低い垣根があったのみ。かつては“恋の細道”とも呼ばれ、ラブレターなどが行き交う場所として、青春時代のエピソードを残した。

 移転後間もなくのこと。ガリ版印刷のラブレターが、大量に市立高にまかれる“事件”があった。昭和二十二年から三十六年まで同校で数学を教えた山城はるよ教諭(故人)らが、教え子からラブレターの存在を知らされて調べたという。

 その結果、「卒業を控えた北高の男子生徒が、ラブレターを一度も出したことがないのを悔やみ、友人に代筆を頼んでばらまいた」と判明。「プラトニックでかわいらしい出来事でした」と語っている。

 また、あるとき「市立」の校名が入った家庭科用の皿が、北高で多く見つかった。真相は、市立高の調理実習で作った菓子を北高の男子生徒がもらい受け、級友に自慢しながら賞味。他の生徒が、われもわれもと細道に押し寄せ、皿だけが北高に残ってしまったらしい。

 山城教諭は在職時、北高に通う長男誠一さん(66)=東京都=に「市立で朝礼をしている前を、表門から裏門まで駆け抜けたら三百円出すとの懸賞がクラスに広まった」と聞き、冷や汗をかいた思い出も。

 浜松市志都呂町で内科医を開業する三男の正敏さん(57)も北高出身だが「私が入学した昭和三十四年には、そういった出来事は減った。市立の文化祭で、女子生徒と一緒にコーラスを歌った級友が、大喜びしていた程度」と振り返る。

 一方、「実をいうと、私は北高在学時に、市立の表門から裏門を縦断したことがある」というのは、同市蜆塚の税理士西塚紀男さん(60)。当時、市立高のすぐ南側に自宅があったため「度胸試しではなく、大雨だったのでやむなく近道した」と肩をすくめる。

 その西塚さんは、市立高出身の美苗さん=高19回卒=と結婚。二人の娘も市立高に通い、同校が百周年を迎える今年は、記念事業実行委員長を務めている。「不思議な縁ですが、十一月の記念式典、祝賀会まで頑張ります」と気さくに笑った。

(文中敬称略)

 

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