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浜商野球 栄光の80年史

『戦後最強』甲子園で本領 昭和36年

昭和36年の甲子園に出場した部員たち

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 この年のチームは前年秋の県大会を制し中部大会に進んだが、準決勝で敗退。春の選抜甲子園では選考に漏れ補欠校に甘んじた。この屈辱が浜商にとって「戦後最強」と呼ばれるチームをつくる。

 佐野真樹夫(昭37卒)=浜松市三島町=が「春の選抜甲子園を逃した無念さをぶつけた」と振り返る夏の県大会。浜商は危なげなかった。準々決勝まではすべて完封勝ち。準決勝では春の中部大会4強の掛川西に6−4。決勝でも東海大一を5−1と圧倒した。

 その年の浜商が「戦後最強」と言われたのは県大会の結果だけではない。11年ぶりに土を踏んだ夏の甲子園で本領を発揮した。

 甲子園初戦で浜商は浪商(大阪)と対戦する。浪商のエースは「怪童」と呼ばれ、プロ球団も注目する大会屈指の豪腕投手、尾崎行雄。尾崎に対して浜商は一歩も引かなかった。浪商を上回る9安打を放ち、最後は三回に奪われた1点に泣いたが、優勝した浪商に0−1の惜敗だった。

 佐野は「浪商にあと少しで勝てたのに残念だった」。吉村章(同)=浜松市飯田町=は「試合よりもチーム内のレギュラー争いが厳しかった。背番号をもらってベンチに入ったときはうれしかった」。日ごろの激しいレギュラー争いがチームを支えていた。

 投手だった村松哲雄(同)=浜松市馬郡町=は「浪商戦も悔しかったが、2年生の夏の県大会、清水商戦で逆転二塁打を打たれて負けたのが忘れられない」と語り、渡辺三郎(同)=横浜市港南区=は「甲子園出場を決めた夏の県大会決勝が一番の思い出です」。部員たちは悔しさやうれしさをいくつも重ね、「浪商との好勝負」という伝説を浜商野球部にもたらした。

 ▽昭和37年度卒業生=河合公明、内山純、佐野真樹夫、吉村章、渡辺三郎、村松哲雄、木俣五郎、北出肇、鈴木利尚、鈴木韶彦、杉森裕泰

文中敬称略

 

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