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浜商野球 栄光の80年史

初の甲子園最も“熱い”夏 昭和25年

昭和25年の夏の大会で初優勝を飾り、優勝行進する選手たち

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 1950(昭和25)年、浜商野球部は創部以来、最も“熱い”夏を迎える。

 この年、32校が出場して第32回全国高校野球選手権静岡大会は開かれた。8年前に浜商を卒業した24歳の青年監督、松本平四郎(昭17卒、故人)が率いる同校は快進撃。準決勝でライバル浜松北から戦後初勝利となる一勝を挙げると、決勝では全国区の強豪、静岡商に4−0の完封勝ち。甲子園への最後の関門、山梨県も加えた山静大会でも甲府工、静岡商を連破。優勝旗を初めて天竜川以西にもたらし、悲願の甲子園出場を果たした。

 木俣昭一(昭26卒)=静岡市瀬名=は「終戦直後で食料も用具もなく、腹をすかせた部員が助け合い、ボールやネットを修理しながら練習した」。苦しい環境が生んだチームワークが甲子園出場につながったと回想する。

 初めて土を踏んだ甲子園の初戦の相手は別府一(大分)。浜商は四回を終わり1−7。誰もが負けを覚悟したが、ここから苦しい練習で培った粘りを見せる。

 六回に2点を返し七、八回に各4点。七回に3点を失ったものの、最後は柳沢彰(昭26卒)=東京都中央区=が別府一打線を抑え、11−10と逆転勝ち。「粘りの浜商」をアピールした。

 勢いに乗った浜商は2回戦で若狭(福井)と対戦。1−2で迎えた九回裏の土壇場で食い下がって同点。延長十四回に1点を失って敗れたが、観客に鮮烈な記憶を刻んだ。

 「甲子園での試合は一生忘れられない」と捕手だった北村八(同)=浜松市高丘西2丁目。マネジャーだった牧田耕治(同)=浜松市八幡町=は「県大会準決勝で浜松北に勝って、勢いに乗った」と振り返り、柳沢は「浜商で合宿した社会人チームが春に全国優勝し励みになった」。浜商が全国に名乗りをあげた熱い夏だった。

 ▽昭和26年度卒業生=横田敏雄、北村八、牧田耕治、木俣昭一、佐口仁一郎、柳沢彰、鈴木達夫、永田満州雄、増子茂雄、長谷川良雄

文中敬称略

 

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