トップ > 静岡 > 高校・大学周年特集 > 浜商野球 栄光の80年史 > 記事

ここから本文

浜商野球 栄光の80年史

力蓄える『新生・磯部浜商』 昭和45−47年

昭和45年当時の部員たち

写真

 1970(昭和45)年、浜商は中部大会準決勝で中京(愛知)に0−12と大敗。「5回コールドゲーム。力の差を痛感した」と嘆いた鈴木勝則(昭46卒)=浜松市和田町=らは夏での雪辱に燃えた。

 しかし、夏の静岡大会でも、浜商は初戦で日大三島に2−3と敗れる。藤田寿孝(同)=細江町中川=は「すぐ負けたがまとまりのあるチーム。下級生のころの草取りが思い出」。

 秋にできた新チームは秋季西部地区大会全5試合ですべてコールド勝ちするが、県大会準決勝では失策から敗退。翌71年の春も県大会に進めないなど、力はあるが結果を残せなかった。

 夏の静岡大会でも浜商は2回戦で掛川西に0−3で敗退。長田仁志(昭47卒)=同市幸=は「晴れているのに雨が降り、変な天気だと思った。負けるときの胸騒ぎだったのかも」。左翼大ファウルを打った大石悟(同)=天竜市二俣町=も「ホームランなら流れが変わっていたのに」と一球を悔やむ。

 この悔しさを受け継いだ新チームは、秋季県大会準優勝。翌年春、浜商の指導を退いた根木康治監督の花道になった。

 磯部修三・新監督を迎えた浜商は72年の春季県大会4強。夏の静岡大会では準々決勝で春の県大会の覇者、沼津東を4−1で破り、準決勝で清水市商に3−2と勝利。甲子園が見え始めるが、決勝で東海大工に2−5の逆転負けを喫する。

 伊藤智彦(昭48卒)=千葉市中央区=は「磯部監督が持ち込んだブロックサインを1カ月かけて必死に覚えました」。その成果を見せての準優勝。「新生・磯部浜商」は着実に力を蓄えていく。

 ▽昭和46年度卒業生=鈴木和一、鈴木勝則、藤田寿孝、片山稔、大城秀人、落合友快、松井昌明、岡康好、松島秀典、田島秀幸、伊藤辰弥、宮崎孝

 ▽昭和47年度卒業生=足立満男、石代孝宏、田中広志、根木啓寿、松田直己、松本真、森下伊勢生、岩瀬明、内山秀利、大石豊、長田仁志、高山博之、外山寿行、大石悟、鈴木茂之

 ▽昭和48年度卒業生=伊藤好則、斎藤精一、杉田孝支、疋田伸介、内田勝、森田秀俊、岡本義樹、鈴木俊秋、田中祐司、松井透、山田真己、伊藤智彦

文中敬称略

 

この記事を印刷する

中日新聞・北陸中日新聞・日刊県民福井 読者の方は中日新聞プラスで豊富な記事を読めます。

中日新聞しずおかの記事はこちら

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山

Search | 検索