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浜商野球 栄光の80年史

厳しい守備練習で復調 平成3年

1991年当時の部員たち

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 華々しい春夏連続甲子園出場の後を受け、1990年秋に生まれた新チーム。秋季県大会西部地区予選を制したものの、県大会では一回戦で御殿場西に0−3と敗退。91年春の大会でも西部地区予選を4位で通過するが、県大会ではまたも一回戦で静岡に3−10と初戦負け。県大会初戦という壁を乗り越えられないまま、夏を目指すことになった。

 甲子園で活躍した直後の県大会初戦敗退とあって練習は厳しさを増した。守備練習では1人でもエラーをすると全員がペナルティーのかえる跳びをする「ノーエラーノック」が待ち受けた。鈴木隆夫(平4卒)=浜松市有玉台=は「エラーをしたら皆に迷惑がかかるというプレッシャーとの戦い。精神的にきつかった」。西尾裕俊(同)=同市神立町=も「練習の最後にあった体力トレーニングが特に苦しかった」。

 県大会の壁に挑んだ夏の静岡大会。浜商は一回戦で清水工に8−0とコールド勝ち。二回戦でも吉原工を10−0と圧倒する。

 しかし、大勝の後には必ず苦戦が待っているのが野球の怖さ。三回戦では前年の秋の大会で苦杯を喫した御殿場西と対戦。1点を争う接戦になったが、最後は4−5で敗れた。

 杉山和弘(同)=横浜市瀬谷区=は「ランニングやノックは厳しかったが、甲子園にも行けて満足でした」。寺沢有雅(同)=東京都世田谷区=も「浜商の野球部時代は光り輝き、青春そのものだった」。前年の連続甲子園出場とは明暗が分かれた時代だったが、部員たちの思いに悔しさはない。 

 ▽平成4年度卒業生=西川文揚、池田隆是、新貝武士、鈴木隆夫、沼倉平造、西尾裕俊、堀尾俊之、持塚明徳、新林知幸、杉山和弘、寺沢有雅、中島誠、長嶺宏、水野順二、今井邦安、古久保隆、後藤雅之、斎藤晃弘、松下幸路

文中敬称略

 

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