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浜商野球 栄光の80年史

センバツ甲子園初出場 昭和29年

第26回選抜高校野球大会でベンチから飛び出す部員たち

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 1954(昭和29)年、浜商野球部は初めての選抜甲子園で春を迎えた。

 50年夏に続き、2回目の甲子園に挑む浜商のエースは藤井嗣久(昭30卒)=兵庫県川西市。前年の秋季中部大会一回戦で25連勝中の四日市(三重)相手にノーヒットノーランを達成した大黒柱。藤井の女房役の捕手、松島慶次郎(同)=鎌倉市手広=、一塁手の中根安雄(同)=森町天宮=、マネジャーの梅田正(同)=浜松市船越町=らが甲子園の土を踏んだ。

 二回戦から登場した浜商は優勝候補の泉陽(大阪)と対戦する。浜商は三回に2点を失った後、四回に1点を返すが、八、九回に3点を奪われ1−5で涙をのんだ。

 それでも前年秋の中部地区大会準決勝、中京商(愛知)戦でサヨナラ負けにつながる落球をした松島は「中部大会の帰りは申し訳なくて、汽車の中で顔が上げられなかった。それだけに甲子園で試合ができて良かった」。前年の秋季県大会決勝でマウンドに上がった伊熊常泰(同)=磐田市中泉=も「夢の甲子園に出場できうれしかった」。伊熊は卒業後、磐田市で少年野球「中泉クラブ」を創立、野球の普及に努めた。

 2年生で遊撃手として出場した山下兼生(昭31卒)=浜松市富塚町=と甲子園の縁もここから始まった。88(同63)年、夏の甲子園には二男晃永(平1卒)が出場し準々決勝に進出。さらに2000(平成12)年、夏の甲子園には長女七美の長男、鈴木裕也(平14卒)も出場した。親、子、孫3代、いずれも遊撃手で甲子園出場。山下は「考えられない幸運。監督や他の部員ら多くの人のおかげです」。勝ち星はならなかったが、確かな足跡を残した春の甲子園だった。

 ▽昭和30年度卒業生=伊熊常泰、梅田正、藤井嗣久、吉本賢三郎、松島慶次郎、中根安雄、金子嘉市、高山誠爾、松崎一、鈴木千之

文中敬称略

 

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