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浜松西高80周年 西山台に時移り

卒業生編 警察 同級生コンビで浜松の治安

「浜松を安全な街にしたい」と力を込める松山和弘浜松中央署長=同署で

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 今、浜松の治安を担っているのは浜松西高の同級生コンビだ。浜松中央署長の松山和弘(昭40卒)=浜松市鴨江=と浜松東署長の山口善工=よしただ=(同)=同市神立町。高校時代からの親友で、駄菓子屋や喫茶店に集う仲間だった。「女子が少ないから、男子同士の付き合いが密だった。そういう仲間が五十人ぐらいいる」と山口。

 高校卒業後の二人の進路は偶然一致。松山は静岡中央署静岡駅前交番を振り出しに、天竜署長、県警本部公安課長などを務めた。昨年四月、浜松中央署長に就任。山口は一年早く浜松東署長として故郷に戻っていた。初任地は三島署の東本町交番。主に警備畑を歩み、下田署長、県警本部外事課長などを歴任した。

 柔道ざんまいの高校時代を過ごした松山は、機動隊副隊長も務めた。昭和四十年代の成田闘争や学園紛争では、体を張った警備にも。それでも、思い出深いのは初任地で自転車泥棒や窃盗の指名手配犯を捕まえたこと。自転車泥棒は非番の日に張り込んで逮捕した。「どこに行っても“やらまいか!”の気持ちで積極的、前向きにやってきた」と自負する。

「組織犯罪に厳しく」と語る山口善工浜松東署長=同署で

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 署長室の壁に張った「犯罪認知検挙表」を毎日にらみつける。課題は「浜松の治安回復。犯罪をいかに抑止し、起きた犯罪をいかに検挙するか」。山口を評して「温厚で誠実。性格が対照的だから、うまくいくんだろうね」と豪快に笑った。

  山口は「悪い人をいさめ、弱い人を助けたい」と警察官に。伊豆長岡町の交番勤務時代は「温泉街につきもの」という窃盗やけんかなどの事件が頻発し、多忙を極めた。百人や二百人規模の酔客同士のけんかや、脇差し、短刀が飛び出す暴力団絡みの乱闘も。ここで事件対処能力を養った。

 目標は「手掛けた事件の全面解決」。実際、署長になってからの事件はほとんど解決してきた。「やくざさん」「外国の方たち」とソフトな語り口だが、「組織犯罪と暴力団を徹底的に取り締まる」というのが着任時からの口癖だ。

 松山のことを「どっしり落ち着いた純粋な人」という。捜査や行事の調整など、何でも相談し、忌憚(きたん)ない意見を言い合う仲だ。

 県警の元幹部には、浜松中央署長を務めた山崎秀雄(昭26卒)=静岡市=がいる。警察庁の要職にあった卒業生は城内康光(昭28卒)=横浜市=と国松孝次(昭31卒)。二人は高校、東京大、警察庁と同じ道を進み、一九九四年、城内から国松に警察庁長官の職が引き継がれた。

 城内は「いい先生が多かった」と高校時代を振り返る。特に思い出深いのは、社会科教諭の山本二郎(故人)。現役での東大受験に失敗した後、かつて山本に言われた「米津の浜で砂の上にひっくり返って、口を開けて空を眺めてこい」を実践し、落ち込んだ心を立て直したという。

(文中敬称略)

将来の夢

 天文学者。それが私の目指す職業です。私がこの仕事に引かれた理由は、未知の世界に挑戦していく志です。宇宙には、まだ解明されていない謎が限りなくあります。その謎の一つ一つに美しく神秘的な歴史が隠されています。それをこの手で解明できたら、どんなに誇りでしょう。私の一生なんて宇宙に比べたら一瞬だけれど、その一瞬を大きな夢に変えたいです。中等部2年 竹内 菜未さん

 

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