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浜松西高80周年 西山台に時移り

卒業生編 芸能 “夢の卵”温めた青春

「演劇部に入らなければ進む道は違った」と話す春風亭鯉昇さん=浜松市のフォルテで

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 地元浜松でも引っ張りだこの春風亭鯉昇(改め滝川鯉昇・本名山下秀雄、昭46卒)=東京都=は、落語会だけで年三十回ほど帰省する。

 高校時代は演劇部で、戦争ものや外国を舞台にした作品の上演に没頭した。先輩にはタレントの斉木しげる(本名斉藤滋樹、昭43卒)=東京都=がいる。落語には小学生のころからラジオで親しみ、東京の寄席に出かけたり、落語家に弟子入りを迫ったりした。

 明治大を卒業すると、早速春風亭小柳枝に入門。二年後に春風亭柳昇門下となった。「一日の給金が百五十円で、師匠の家までバス代が七十円、たばこが八十円、ワンカップが八十円。バス代を節約して師匠の家まで二時間二十分歩いた」と楽しげに話す。

 一九九〇年に真打ち昇進。得意の演目は江戸時代の庶民の生活を描いた職人、長屋ものだ。「落語の醍醐味(だいごみ)は客席との一体感。夢を与えられる仕事だしね」

 「実は西高ではおちこぼれだった」と明かす。一年生の時は進学クラス。だが、最初の試験では五十人中四十八番だった。「でも、学校は居心地が良かった。授業が理解できたら、普通に会社員になって楽な道を進んでいたかも」と笑う。

「バンド活動ができて幸せだった」と高校時代を振り返る高野寛さん=東京都内で

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 一回り後輩にも、芸能界に飛び込んだ卒業生がいる。シンガー・ソングライターの高野寛(昭58卒)=東京都。八〇−九〇年代の人気テレビ番組「ねるとん紅鯨団」の中のCMソング「虹の都へ」を歌い、大ヒットした。高校時代はバンドを組んだり、吹奏楽部でコントラバスを演奏したりした自称「地味な高校生」。

 音響工学を学んでいた大阪芸術大在学中、あこがれのYMOメンバー、高橋幸宏のオーディションに合格した。八八年に「See You Again」でデビュー。九〇年には「CUE」で日本レコード大賞優秀アルバム賞を受賞した。「裏方をやるつもりだったのに。いろんな人に後押しされ、自分がステージの真ん中に立つようになった」とほほえむ。

 一年間にアルバムを二枚出し、二回の全国ツアーをこなす大車輪の活躍が三年ほど続いたが「体力的にきつかった」と振り返る。

 今はソロ活動と並行してバンド「ナタリー・ワイズ」のメンバーとして活動。坂本龍一やTHE BOOM宮沢和史の外国ツアーにギタリストとして参加もした。昨年は五年ぶりにオリジナルとベストのアルバムを発表。「賞やヒットチャートには興味がなくて。はやりすたりに関係なく、ずっと愛される音楽をつくりたい」

 全力で走っていたあのころより、生み出す音楽の成熟度は増している。

(文中敬称略)

将来の夢

 私の目指す職業は音楽雑誌の編集者です。そのために西高に来ました。文系の大学に進んで絶対に夢を実現させたいです。なぜこの職業を目指したのかというと、音楽を仕事として聴けて、いろいろなアーティストと話ができるからです。きっと仕事が生きがいになると思います。そのためにも西高でいろいろ頑張らなければなりません。1年 内山 直子さん

 

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