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浜松西高80周年 西山台に時移り

部活動編 バレーボール部 バスケットボール部 『全国』で実力示す

後輩にバスケットボールの実技と理論を教える鈴木健夫さん(右)

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 ネットで仕切られた体育館を共有する男子のバレーボール部とバスケットボール部。ともに戦後まもなく創部され、強豪として名をはせてきた。今、両部では同級生コンビのOBが後輩の指導に当たっている。

 二人は、バレー部の村木晃幸(昭57卒)=浜松市本郷町=とバスケ部の鈴木健夫(同)=愛知県安城市。村木は高校時代主将を務め、総体と国体にダブル出場、鈴木は総体でベスト16、全国選抜ではベスト8に。卒業後は実業団で選手、コーチとして活躍した。二人が三年生だった一九八一(昭和五十六)年は野球部が甲子園に初出場するなど、運動部が脚光を浴びた年でもある。

 バレー部は団体競技として、浜松西高の全国大会出場回数最多を誇る。五〇年に監督となった戸田譲の下で力を蓄え、六〇−八〇年代に開花。総体、春の高校バレーを合わせて二十回出場という金字塔を打ち立てた。ベスト4やベスト8入りも果たしている。

 七七年、総体ベスト16に輝いた時の主将で、今春まで七年間母校の監督として采配(さいはい)を振るった佐野徹(昭53卒)=浜松市有玉台=は、黄金期の復活を夢見て指導に心血を注いできた。現役部員で主将の野中亮佑、大橋泰介、新村祐也=いずれも二年生=は「西高には佐野監督がいるからと、中学のバレー部顧問に勧められて」と異口同音に入部の動機を説明する。

 バレー部は八八年以降、全国への切符をつかめずにいる。部員数減少などの理由で、現一年生を最後に部を閉じる。村木は「個人個人はいい素質を持っている。高校でちゃんとバレーをやったという誇りを持ってほしい。どこに出しても恥ずかしくないように教えたい」。OBコーチの中心人物、柴田哲男(昭50卒)=浜松市初生町=らと交代で体育館に足を運ぶ。

 バスケ部は七五−九二年、名監督大石功の時代に隆盛期を迎えた。この時期、総体、全国選抜合わせて九回出場、選抜では二回ベスト8入りをした。現在の監督は大石の教え子、矢田昌久(昭55卒)=浜松市有玉西町。

 矢田の依頼を受けた鈴木は、三年前から月一回、実業団仕込みの練習を伝授している。二年生の主将石原茂は「高いレベルのバスケを教えてもらい、いい経験になっている」。中等部主将の三年生袴田大介も「精神論、実技面ともに細かく説明してくれ、分かりやすい」と鈴木の来訪を心待ちにしている。

 「やらされるのではなく、自分から進んで激しい練習をする。自分で考え、質問し、工夫する。こんなにモチベーションの高いチームは他校にもない」と矢田。目指すは県大会での4強入りだ。

 「後輩に“全国”という世界を見せてやりたいという気持ちは、自分と同じはず」。鈴木は村木の気持ちを代弁する。OBコーチとその後輩たちは、部活は違っても、同じ目標に向かってまい進している。

(文中敬称略)

 

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