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浜松西高80周年 西山台に時移り

部活動編 柔道部 世代超え“新春乱取り”

1973年、歴代監督を招いて盛大に行われた開校50周年の記念試合

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 身震いするほどの寒さの中、柔道着に黒帯を締めた幅広い年代の人々が浜松西高柔道場に集まってくる。毎年一月二日の光景だ。

 先輩が後輩を指導する場として、OB会第二代会長の島津正(昭20卒)=浜松市立野町=が三十年以上前に始めたOBと現役部員の初げいこ。以来、年中行事として定着。冬と夏の年二回、OBと現役部員が一堂に会するようになった。

 午前中に合同練習と試合、OB会総会をこなし、現役部員とともに昼食へ。「毎回楽しみに大阪からやって来る人もいる」と現OB会長の白井康二(昭52卒)=新居町浜名。懐かしい顔に会えることもあり、心待ちにするOBは多い。夏は十人、冬は三十人ほどが参加する。午後はそのまま、全卒業生対象の同窓会「新春の集い」に向かう。

 二年生の中村哲仁部長は「先輩方はめちゃくちゃ強いし、力もすごい」。技の伝授も楽しみだが、張り切る理由はもうひとつある。現役部員が勝った時にもらえる“お年玉”。引き分けでも、試合内容によってはOB会から数千円のお年玉が贈られる。「でも、本田さんとか、歴代強豪が来るからめったに勝てない」と中村。本田洋一郎(平10卒)=静岡市丸子=は九七年の高校総体に出場。今のところ、柔道部最後の総体出場選手となっている。

 一九三〇(昭和五)年に発足した柔道部は、水泳部、陸上部とともに五輪選手を輩出した伝統ある部活の一つ。溝口紀子(平2卒)=浅羽町浅羽=は二年の時、全日本体重別選手権で優勝するなど、在学中から活躍。埼玉大三年の九二年、バルセロナ五輪で銀メダルを獲得、九六年のアトランタ五輪にも出場した。

 現在、中等部二年の鈴木壮太にとっても、溝口はあこがれの先輩。「小学校の時、溝口さんの講演を聴いた後、乱取りをしてもらった。いつか指導を受けてみたい」と目を輝かせる。 

溝口以前にも、六八年に水野進(昭44卒)=湖西市古見=、七七年に斎藤憲次(昭53卒)=浜松市住吉=が総体と国体に出場。六九年に永田明史(昭45卒)=細江町気賀=が総体出場。白井は七六年、国体でベスト8に入るなど、全国レベルの選手が在籍した。

 柔道部創設と同時期に建てられた柔道場は、自彊(じきょう)館と呼ばれた。現在の建物は七一年に建てられた二代目。「自彊」とは「自ら努めて励むこと」。柔道部員が自己を鍛錬し、自主性を培う場であり続けた。来年の一月二日も、同じ伝統の下に高校生活を送った元・現柔道部員が年代の壁を超えて対戦する。

(文中敬称略)

 

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