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浜松西高80周年 西山台に時移り

部活動編 弓道部 射型に厳しく“1本”集中

一本の矢に全神経を集中し、的をねらう部員=浜松西高で

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 「頭を使って一本一本引け」

 西高弓道部が高校総体男子団体で全国制覇を果たした一九八四(昭和五十九)年。監督だった森田明宏の指導方針は今も部員に息づいている。

 昭和初期、浜松二中時代に創設された弓道部。部全体での練習は放課後の二時間半だ。短い練習時間を生かすために編み出されたのが“一本”の質を高める手法。心を集中させ、丁寧に矢を射る。

 「伝統あるいい部活だと母から聞いていました。西高では弓道部に入ろうと決めていた」と言うのは、二年生の秋永知南(ともな)。自宅が東伊豆町の秋永だが、母峰代(昭55卒)の母校に通いたいと、雄踏町の親類宅に下宿している。

 八四年の総体会場は秋田県。森田監督の下、主将の池本浩貴(昭60卒)=浜松市三方原町=、小篠雅史(同)=京都府=、鈴木隆俊(同)=東京都=、小楠昇吾(同)=同=、山本哲也(同)、水谷吉孝(昭61卒)=同市篠ケ瀬町=らは予選を通過したものの、不調に苦しんでいた。

 決勝トーナメント一回戦は福岡高(岩手)と対戦。20射中10中と的中数は少なかったが、相手の9中に救われ、二回戦へ。以後は12−7、15−9、13−11と調子を取り戻し、決勝では16−13で川越農高(埼玉)を下して初優勝。浜松駅では熊田富男校長(故人)らの歓呼の出迎えを受けた。

 強豪校に躍り出る転機となったのはその四年前、大学で弓道部員だった森田の監督就任。決してスパルタではないが、熱のこもった指導にすぐ成果が表れた。八三、八四年、男子団体が総体に連続出場。「全国制覇できたのは、射型に厳しく『基本に忠実に』と熱心に指導してくれた森田先生のおかげ」と、池本は感謝する。

 弓道場では常に緊張感が保たれ、自分自身にも、仲間にも安易に妥協しない厳しさがあった。森田は「こと弓に関して部員は熱心で、まじめに取り組んだ」と述懐する。

 「射型が良ければ的中はおのずから出てくる」が森田の持論。二年生の平野暢之は「試合で勝てばいいだけでなく、射型を大切にするのは西高の伝統」。平野と秋永は「無駄話をせず、一本一本集中している」ときっぱり言う。部員が入れ替わっても、弓に対する真摯(しんし)な態度は一貫している。

 八八年には女子団体が総体に初出場。その後は赤井泰介(平4卒)=横浜市=、沢木隆浩(同)=浜松市葵西=、聞間知子(平8卒)=同市半田山=ら幾人もが個人戦で総体に進出。西岡美菜子(平2卒)=東京都=は国体メンバーとして八九年、少年女子団体の遠的、近的ともに制した。

(文中敬称略)

 

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