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浜松西高80周年 西山台に時移り

部活動編 陸上部 自主性に任せ自立心養う

1966年インターハイ400メートルリレーの優勝メンバー。(左から)藤江一成、福嶋泰治、外波山雅章、谷野協司の各選手

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 浜松二中第一回卒業アルバムに「競技部」としてその名が見える陸上部。浜松西高の中で最も伝統ある部活の一つだ。

 戦争で活動が中断していた陸上部を浜松西高陸上部として再建したのは、一九四八(昭和二十三)年に新卒で母校に赴任した伊藤久雄(昭19卒)=浜北市宮口。二中陸上部OBで、インターカレッジの四百メートルリレーなどで優勝した現役選手だった。伊藤は学校の立地を生かした練習方法を考案。東西の坂や寺院の石段を登らせたり、遠州灘海岸の砂浜を走らせたりした。

 科学的トレーニングが普及していなかった当時としては、先進的な取り組み。「自分の体重で負荷をかけたいい練習方法だった」と振り返る石川準司(昭39卒)=浜松市鴨江。石川は伊藤のまな弟子で、東京五輪四百メートルリレーに出場した。伊藤はハイレベルの選手を育てる一方で、西高陸上部の根幹をなす精神風土を根付かせた。学校創立以来の教育方針である「自立自治」。練習は強制ではなく、部員が自主的に取り組むもの。伊藤はこれを実践し「練習内容についても、勉強に集中するか、部活と両立するかの判断についても、生徒の主体性を重んじた」と回想する。 

 「皆が自発的に頑張っているのを見ると、自分も頑張らなきゃ、と思う。練習させられているという感じがしないのがいい」。今年の埼玉国体走り幅跳びで二位入賞を果たした一年生の中村宝子は言う。石川は「自主性に任せると、これとこれは自分でやらなきゃ、というのがつかめて自立心が出る。このことは勉強にも影響する」。さらに「こうしろ、ああしろと特別な言葉や方法がないのが“伊藤流”」とも。“伊藤流”は監督を引き継いだ石川や津田よし彦(昭39卒)=浜松市馬郡町、石川の教え子で現監督の筒井計臣(昭52卒)=浜松市大瀬町=ら、OB監督を中心に脈々と受け継がれている。

 現在までほぼ毎年、全国大会に選手を送り出してきた陸上部。高校総体では六六年に男子四百メートルリレーで優勝、六八年は同千六百メートルリレーを全国高校新記録で制覇、七八年は神谷晃尚(昭54卒)=浜北市於呂=が男子棒高跳びで高校総体、国体を制した。輝かしい成績は枚挙にいとまがない。現部員にも二年の野末明日香、一年の松野大樹、飯尾絢ら陸上伝統校の名に恥じない選手がそろう。

 二年前、中高一貫教育が始まり、中等部生徒が入部した。「高校生が中学生の面倒をみてくれるし、中学生は高校生のレベルの高さと頑張る姿を見て奮起する。とてもいい雰囲気」。頼もしい教え子らの姿に、筒井は目を細めた。

(文中敬称略)

 

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