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浜松西高80周年 西山台に時移り

校史編 西高新聞 50周年記念し縮刷版

縮刷版を手にする伊藤庄平さん。「今は1年に1回程度の発行。寂しいね」と残念がる=浜松市若林町の伊藤さん宅で

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 約三十年前、創立五十周年記念として作られた「西高新聞」の縮刷版。B4判、百四十六号分が収録された深緑色の一冊から、浜松西高の四半世紀に及ぶ歩みを知ることができる。

 「月一回発行を目指していて、一部十円ぐらい。ほとんどの生徒が買ってくれた」と新聞部OBの伊藤庄平(昭29年卒)=浜松市若林町=は懐かしそうにページを繰る。縮刷版には一九四七(昭和二十二)年六月の創刊号から七三年一月発行分までが収録されている。

 「もともとは新聞部発足時からの顧問、仲村泰二先生(故人)の定年退職記念として、部のOBが縮刷版作りを発案。偶然五十周年に重なった」と伊藤は言う。

 学校新聞の隆盛期はとうに去り、ここ数年、西高新聞の発行回数は年一回程度。新聞の存在自体を知らなかった中等部三年の小嶋さゆりは「昔はこんなにたくさん発行されていたなんて」と驚く。

 新聞からは学校行事や部活動の活躍、受験情報、映画案内、座談会など、社会の動きにアンテナを張り巡らしつつ、生き生きと高校生活を送る西高生像がうかがえる。

 「祝新制高校誕生」(四八年)、「市内高校学区変更」(五〇年)、校舎火災の衝撃が残る号外「二むね十八教室全焼」(五四年)、生物部による昆虫の新種発見を伝える「ウンカの新種発見?」(五八年)…。

 一方、六〇年代半ばぐらいから、生徒会活動の停滞を批判する記事が目につく。「生徒会の問題点を探る アンケートから」「“会長不在”でゆれる」「討論されぬ再建への道」など。大学から飛び火した当時の学園紛争は、学校を管理強化に駆り立て、生徒会活動が停滞。西高でも生徒会への無関心から、会長立候補者ゼロや、生徒会役員の承認採決が過半数に達せず、結果不承認という異常事態につながった。

 六九年、反戦デモに参加して逮捕され、退学した生徒会長に代わって会長代行を務めた副会長の友田尚男(昭46卒)=豊田町一言=は「皆が生徒会に無関心。無気力、無感動、無関心の三無主義がはびこっていた」と当時の雰囲気を語る。

 昨年度の前期生徒会長で高校三年の江島麻美は「学校に対抗するには、生徒会という正当な手段が必要。私がその時代にいたら、われこそはと(会長に)手を挙げそう」と頼もしい。

 新聞部は部員減少のため、昨年度末で姿を消した。西高生の学校生活を記録してきた西高新聞は、今年三月発行の二百十七号で紙齢が止まっている。

(文中敬称略)

 

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